月別アーカイブ: 5月 2015

津山駅前が大きく変わりつつあります

★6月3日に「駅前整備と観光センター(仮称)建設」「国道拡幅工事」などについてなどの説明会も行われ、国道関係も工事に着手に入ります。

 

 

★津山駅北口広場の整備事業が、今、推進されて、景色がかわりました、そして、5月末には、「明宝ビル」が取り壊されました。国道53号線の「拡幅工事」とは、直接の立ち退き物件という意味では「違う」ことですが、駅前を「きれいにしたい」のみんなの願いが届いて、地権者が、自ら進んで「協力する」という立場で壊して、更地にしました。あくまで、噂ですが「コンビニ」ができるのではないかと、言われていますが、正式には分かりません。

スッキリとしました、駅前の風景です。6月5日でしたか、3日かもしれませんが、「国土交通省」と「津山市」が、国道拡幅工事に関係する「地権者」への具体的な説明会をしたいとの、連絡が来ています、国道53号拡幅工事が、いよいよ、駅北口広場整備事業と「平行」して、事業推進への具体化がはじまります。

足腰を強くしたいと、山歩き

★5月30日(土)ですが、年が大きくなりました、妻は、少し、足が「傷む」という感じ、私は、腰が「痛む」という感じです、アスファルトでなくて、「土を歩きたい」という気持ちで、今回は、奥津の「県立森林公園」を昼食を含めて、約三時間の散策でした。

入り口から、約40分「もみじ滝」へでした、散策している人も少なく、水も、少なく、滝という感じは、つかめませんでした。

★あまりつめたくないよ、と、の妻の言葉、この場では、男女数人のグループの人が登ってきました、「こんにちは」の挨拶をし、ここから、約40分、トイレ小屋もありまして、トイレが近くなった私には「ありがたい山の中の施設」でした、そこを通って、熊押し滝へでした・・・

この地点では、親子が2人、先に来ていまして、ご挨拶、小休止ができる、備え付けの腰かけ、「ベンチ」に座りまして、ゆっくりと昼食でした。

ここで休憩している時に、「山登り」の専門家かなとおもわれる「身支度」をした男性三人が通過し、「滝の上から奥へ」と進んでいきました。

この上と下の写真、縦画面の写真なんですが、どうやっても、縦長で「挿入」できません、横で挿入しておきます。男性が通り過ぎて、すぐ、今度は、女性が四人で、同じように、滝の上に行き、そのまま、奥に入ってしまいました。私たちは、この場所から、ユータンして帰途につきました。

★出入り口にあります「管理棟」には、地図やトイレ、おにぎり・弁当、そして、200円で「ドリップコーヒー」もあり、お湯はサービスです。お菓子など「お土産」も販売しています。薪を燃やしての「暖炉」もあり、暖かいです。多くの参加者は、本格的な「全問的な備え、服装、靴」など準備しています。

少々≪歩くのがしんどい人≫には、ステックも、竹の杖も、沢山準備して待ってくれています。もちろん、無料です。1日ですべてを回れません、何回かに分けて、全てを回ってみたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争する国にはさせないの思い

安倍のおじさん、無茶苦茶、公明党も、恥も外聞もなく政権に縋り付きたいだけ、とうとう、戦争への道を国会へ上程、そんなの許されるものかの思い・・。5月16日は、美作革新の会(憲法を暮らしに生かす美作の会)が主催するサイレント行動でした、時が時だけに14人もの人が参加しました。

今津屋橋北詰めの交差点、東側の横断幕です。

西側の横断幕と通行人に手を振る私です。

車からの手ふりで応えてくれる人、クラクションの音で応援してくれる人の数が多くなった感じでした。

★山口から来た、と、言われながら、「毎日しているんですか」とか「どこの団体ですか」と科熱心に聞かれ、写真にまで納めて帰った人もありました、若い人に「戦争に行くなよ」と声かけますと、横断幕をじっと見て、「いかない、戦争はいやだ」と意思表示、女学生数人が、友達と野わかれでてをふっていまして、「ありがとう」といいますと、「おじさんに降ってない」との返事、それでも、横断幕を見まして、あらためて、頑張って、と、手を振ってくれまして・・・去っていきました。

久しぶりに、二ケタの参加者、責任者の中西さんが「今日は、時節がらもあると思いますが、2回分の人が参加してくれました、ありがとう」と言葉をかけて、交差点の東西の人たちが、一堂に集まって写真を1枚というシーンです。

★美見みち子市議・中村聖二郎市議と、選挙後の挨拶と、安倍さんは、怖いです、戦争する国にさせてはいけませんと、宣伝戦でした。

5月20日は

そして、25日は、

 

市議選二人当選、その瞬間とその後物語

5月になりまして、奇跡的に「二人の後継者づくりに成功」という離れ業の「喜び」もつかの間、新しい議員団への「注目」と「要望・注意」なども寄せられるようになってきました、、不安の門出とでもいうべき課題、いろいろありですが、当選の瞬間から、当選後の宣伝などをお届けします。

投票日と開票日はおんなじ日、4月26日でした。美見さんは、午後10時半頃に当確、片目が空きまして、残り、中村さん…11時前、850票に二人、定数28人で、27人に当確、3人に落選がほぼ確実、残り、1議席を、二人が争うという「身を切る重い」の瞬間を、乗り切って、900を超えて、当確へ、やったぁー、奇跡の当選、1か月前に立候補声明で当選とは、…、美見事務所に中村さんに来てもらって万歳です。

深夜、1時を過ぎていたでしょうか、宮地市長が、「お祝い」に来てくれまして、当選者の事務所を「間引きで回っている」とかの話でしたが、市長もたいへんだね・・

★開けて、翌朝は、美見・中村二人は、地元の交差点で「朝立ちの挨拶」を済ませて、

お昼休みを利用して、市役所前からの「挨拶」です、私がまずマイクを握って、ともかく、末永・久永の二つの議席が、美見・仲村へバトンタッチできた、是非、よろしくとのお願いからです。

私も「候補者活動」波に、選挙中は、美見・中村と候補者カーを渡り歩き、合間、あい間は、赤旗宣伝カーでの訴え。。。日に焼けましたです。

上は中村さんの訴え、下は美見さんの訴えです。

永議員からも訴えです、この時は、久永さんも私もまだ現職の議員でした…。