12月31日(水)2025年の最後の日です

★今朝は、あまり冷えていません、7時15分頃までの東の空、太陽さんが顔出す直前までてしたかな、綺麗な朝焼けの空でした。

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★日本共産党前議長、不破哲三さんが亡くなりました。不破さんの書記局長時代が私の一番元気な時だったと思います。

2度ほど、直接話をしたことがあります、そして、海老原さん、林家三平さんの奥さん、林家正蔵さんらの母親、九条の会など、平和を訴え続けた芸能人もなくなりました。今朝のあかはた日刊紙からです。

1の不破さん

不破さんとの思い出が、二つ、・・

★一回目は、伊豆のホテル、党学校の建物が立つ前頃だったのでしょうか‥‥伊豆で行われたと記憶しています、地方議員の童話についての」専門的な会議」でしたか、全体の地方議員会議の「同和の分科会」であったのか、直接指導を仰ぎました。

★あの時、不思議な感覚で覚えていますが、私たちが報告していることを、聞いて、メモ(ものを書いていたから、)もしていました。

★驚いたのは、まとめの時、私たちの話したことを「全部」覚えていまして、さらに「書いていたもの」は、別の論文のようなものでした。えー、すごい業だ、頭いいんだと、おもったこと、、、

★二つ目も、同和・部落解放運動にかかわった出来事、全国の「運動の在り方への疑問」を中央委員会に「直訴」したとき、荒堀大衆運動責任者、を中心として、二度、中央に呼ばれまして、話を聞いてくれました。

★国民融合論が出る前、私の意見を「書記局会議で論議した。宮本幹部会委員長にもはなした・・・」と報告を受けたときに???

。不破さんが出てこられた、荒堀さんや榊さんがおられたという記憶、荒堀さんが詳しく説明してくれた・・・・。不破さんはすぐに退席されましたが・・・

あなたの主張が、党の部落解放運動の示す方向と合致している部分が多い、党の方針通りでない点が、今の運動にはある」と指摘を受けて、帰宅したときの、感動、うれしさ、‥‥それが、やがて「うぬぼれへ」へと連続していくのではありますか。

神戸大集会で、国民融合論の発表へ…

★私の意見がどれほどの価値があったかは、わからないが、榊さんが講師で、部落問題研究集会・神戸大会が開催され、「特別の扱いをなくすることが、部落・同和を解消する道筋」という意味の国民融合論を発表された。この感動は、今でも、私の中に生き続けている事柄です。

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