★被爆70年・終戦70年、ヒロシマ・ナガサキを繰り返すな、今こそ平和をの思い、そして、原発の再稼働許すな!戦争法案を必ず廃案に!の思いで、8月6日「ヒロシマ集会」に行ってきました、核兵器も戦争もいらないの闘いに元気をもらいました。その様子をお知らせします。
県立体育館の前で岡山県の受付・美作原水協としてマイクロバスに乗って参加した人は15人でしたが、その他、前日からの参加者、別途の方法で参加した人など、合計20数人の参加、全体では、5500人の参加でした。
すでに集会は始まっていまして、二階が中国地方の席でした。
沢山の海外代表も参加、115か国・団体の参加と科いわれていました。
ノーベル平和賞に推薦された、被爆者でもあります、セツコ・サーローさんもあいさつです。
そして、長崎の被爆者、背中が真っ赤になって寝ている被爆当時の写真、まだ、子どもの時の姿ですが、あの写真の人・谷口さんも駆けつける予定でしたが、体調不良で不参加となり、メッセージが披露されました、「命ある限り、原爆被害の実相を訴え続ける」の訴えには、思わず目頭が熱くなりました。
この写真、記憶にある人もおられると思います、今、津山市立図書館の前の「市民平和祭のパネル展」にも、掲げられています、これが、被爆当時の谷口さんの写真です。テレビなどでも紹介されます、谷口さんも、ノーベル平和賞に推薦された人です、谷口さん元気で、長生きしていただきたい、の思いでもありました。
韓国の被爆者・カン・ボジュさんもあいさつされました。
会場におられる被爆者の方が部第二上がられました、そして、広島合唱団の人たちを先頭にして、「折都」の大合唱、ピアノは「ヒロシマの爆心地から三キロの地点で被爆したピアノ」が使われました。ピアニストは香川県の被爆者の会会長の好井さんでした。
安倍首相に、核兵器廃絶と戦争法案撤回を求めて直接談判した、ヒロシマ被団協の佐久間邦彦理事長もかけつけて、「核兵器のない世界へ、私たちの力で変えないと、安倍は信用できない」との旨報告でした。
舞台の写真、右から左へと、移動しましたが、真ん中あたりで、アレッ、志位委員長が座っている前を通過、?、と、跡がエリしまして、近くにおられる人にカメラマンをお願いしまして、一枚撮らせてもらいました、今年の大会の一つの記念になりました。
歌手・クミ子さんの美しい歌声に聞き入りました、最後は、広島合唱団の人たちとも歌いました。
そして、日本共産党中央委員会幹部会委員長、志位委員長のあいさつでした。
志位③のあいさつの後、若い人、海外の人、全国の沢山の闘いの報告などが゛ありました。
最後は、新日本婦人会の各地域、そして、ニューヨーク行動へ参加した若いお母さんたちの報告が続きました、舞台は、それぞれの闘いに参加した仲間が登場、沢山の人たちでいっぱいになりました。
閉会の後、原爆ドームから平和公園を探索、暑かった、無茶苦茶暑い日でした、参加者みんなで暑い中元気で歩きました。マイクロバスの駐車場が、いずこも満杯、運転の田中さん、大変苦労したようで、平和公園付近を、ぐるぐる回って時間稼ぎ、原爆ドーム前でみんなを載せて、高速道へでした。
慰霊碑のところには、沢山の献花がありま下が、日本共産党中央委員会の献花がありま下から、思い出に写してきましたという事で、広島ディー、広島平和公園での写真紹介終わりです。





























