月別アーカイブ: 4月 2014

4月25日朝→昨日は党中央委員会へ

★24日の「赤旗・日刊紙14面」に、防衛省交渉の記事が載りました、紹介しておきます。なお、防衛省の交渉の画面、写真を増やしました。→25日に記入

★もう10年以上も前になりますか、党中央委員会の建物を全面新築、一度訪問してみたいとおもっていましたが、低空飛行解析センターの大野所長が、「元赤旗記者」(中国地方担当)出会ったこともあり、案内役、正式に「見学の届け出」もしまして、訪問しました。とても、機能的に建物を利用していることや歴史・資料などもきちんとせいりされていまして、「苅田アサノ」さんの一定の資料保存一覧などももらいました。

正面玄関です、会談になっていまして、受付の女性が、前の道路に屈みこんで、下の方から写してくれました、なんか、でっかく写っていますね・・少し変な感じですね。。

★以前は、こちら側が正面ではなかったかな、商店街から、代々木駅への道、うらぐちな

井口夫婦と葛原会長(真ん中)です。

★建設中に、地下部分から「貝殻の化石」などがみつかり、それを大切にほぞん・展示していました。

8階の部分、11階建が基本、に、中庭がありましたが、冬の天気が良い時は、富士山が綺麗に見えるとかで、写真などが有りました。

防衛省の特徴ある建物・アンテナも見え、遠く、右遠方、うっすらとスカイツリーも見えました。

勤務員のみなさんが「体力維持」でしょうか、簡単な器具、本格的な器具、と、いくつかの運動ができる部屋と器具もあり、みなさん、時々使われるそうです。

書記局部屋の中にもいれてもらい、しばし、懇談、市田さんから山下さんに代わった書記局長ですが、留守でしたが、机など書記局長部屋に入れてもらいました。

★大会議室で、しばし、休憩と雑談、500人くらいはいれる会議室、中央委員会とか全国都道県委員長会議、地区委員長、機関紙担当者会議とか、党内の主な会議は、ここで行われるとかでした。

この後、食堂(300人くらいが同時に食事がとれる椅子・机など)の一画で、コーヒー休憩、感想や雑談、昼食もとりまして、中央委員会本部の見学を終えました。

4月23日防衛省に申し入れでした

★3年前の米軍機低空飛行による、土蔵倒壊と母屋の歪み事件、今年、2月6日に、仁比そうへい参議院議員が予算委員会で質問、大臣が、被害者救済を基本にして、再度、検討してみる、と言う旨の答弁…その答弁の実現を求めての「再度の申し入れ」でした。

いつ来ても、防衛省は、でっかい、道路から見上げる位置です、威圧的、大きい施設と膨大な面積ですよ…

岡山からの参加者、防衛省入口です、向かって左から、葛原会長・私=末永、井口夫妻・その上が武田さん、石村とも子さん、大野低空飛行解析センター所長です。

津山からの参加者

★石村とも子さんと、井口夫妻、葛原会長、防衛省の受け付け、オバマ大統領来日の日でしたから、厳重警戒の中でした…。

防衛省の入り口前です、玄関から、受付へ、そして、長い通路・トンネルの会談、エスカレーターでやっと、ここまできます。。。葛原会長と・・・

末永の司会、葛原会長のあいさつ、仁比参議院議員のあいさつで始まりました。そして、被害者の井口貞信さんが、防衛省地方協力局補償課企画官 多賀浩之 さんに

早期解決をもとめての「申し入れ」を行いました

仁比さん、石村さん、武田さん、そして、被害者の井口さん、葛原さん、私も、何回か、防衛省の「答弁の矛盾点」を追求、約1時間と少々の申し入れで市が、写真がうまく映っていませんでした。

目撃者証言をもとにして作成された「飛行高低とルートの模型」を使って、低空飛行解析センター大野所長の説明…我々住民の側からの「飛行高低の専門家」の意見です、防衛省側の専門家の意見を・・・・・・現地・津山に来て、小野寺防衛大臣が「答弁」で約束した、「高低については専門家の間での論議をしてもらいたい」を行ってほしいとの要望を繰り返しました。

その後、参議院会館、仁比室へ移動、仁比さんも再び帰って来まして、しばし懇談でした。

仁比室に飾っています、大きなパネル写真は、参議院選挙の時、岡山駅前での「街頭演説会」の様子、仁比さんは、腕を大けが、腕はおれてもこころは折れない、と、大奮闘でしたが、思い出に、腕のギビスと写真、写真は、大野さんが撮って大きく伸ばして起草したという事でした。まず、1日目の終了でした。