8月14日(水)お盆のゴミ出しの朝です

★今朝も朝から太陽がいっぱいで、暑い1日になりそうです。お盆前の連休から孫たちが帰って来ているために、普段と違って、かなりの可燃ごみ」と「不燃ごみ」の量が増えました。第三水曜日ですから、いわゆる白色」の袋かな、ピンクの袋は、次の週ということですが、朝一、まず、ゴミ出しの日課からでした。やや涼しくなりました、暑さ寒さも彼岸までとか言いますからね・・お彼岸とは、いつのことをいうのでしょうかね・・・

★秋の立秋なんでしょうが、「暑さ寒さもひがんまで」というのとは、少し違う感じもします、お彼岸は現世とあの世の距離が最も通じやすくなる春分、秋分の時期に、こちら側から近くまで行きご先祖様を供養する、という違いがある。 一般的にお盆は8月13日にご先祖様の霊を迎え、16日に送り火をたいて見送る。 推古天皇の頃に、初めてお盆の行事が行われたとの記録がある。とか言われますが、この、お盆「暑さ寒さも彼岸まで」というのが、季節としては正しい感じがしますが。。。

★正しくは、9月なんですね、でも、お盆で区切ってほしい暑さです、暑さが和らがないかな?

★なぜ「暑さ寒さも彼岸まで」というのでしょう? 春分や秋分は二十四節気のひとつで、太陽が真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さがほぼ同じになります。秋は秋分の日(=彼岸の中日)を境に日が短くなっていき、秋の夜長に向かいます。つまり、太陽の出番がどんどん短くなるので、暑さも和らいでいくわけです。春はこの逆ですね。

★しかし、昼と夜の長さが同じだからといって、春分と秋分の気候が同じになるわけではありません。暑さの名残で秋分のほうが10度以上も気温が高いのですが、厳しい暑さや寒さも目処がつく頃なので、「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるようになり、慣用句として定着していきました。

津山が裁かれる東京裁判物語、その13ですか

★被告・近藤さんの準備書面から、当然尋問でも問題の一つになりましたが、【準備書面3】(令和5年7月31日提出、東京地方裁判所民事第一部C係)へ提出した文面の一部ですが「…前略・・・贈賄の具体的な行為である「原告が津山の政治家に多額の金銭を送金したこと」は事実であるし、「津山市長へ高額接待を行ったこと」については、被告(近藤は少なくともそのように信じるにつき相当な理由があった。と真実性・妥当性の所で指摘しています。

★この点で、証言によれば、(記憶の範疇の証言報告です、正しくは会議録を見てくださいね)「このような資料、「信じるに相当な理由となった資料」を、どうやって入手したのかということが話題の一つにもなりました。それは、インターネット上に記事が流れた後、6月の初めに、末永に東京から連絡があり、岡山駅前で○○さんから受け取ったしりょうである」という意味の証言を行いました。

★この証言は、私も知っていることで、間違いのない事実です。裁判の傍聴が終わって、しばらくしてですが、妙なことが問いかけられました‥‥それは、この裁判での証言と深く関わりのある出来事なんですが、被告の近藤さんが、「最近の街頭宣伝」において、「・・・前略・・私が最も信頼していた友に裏切られまして、つらいおもいをしています。・・・・中略・・・要するに世の中お金でうごくということなんですね・・・後略・・・」という意味の宣伝を始めているそうで、この訴えを聞いた人たちが、

末永が近藤裏切ったのかな…?、

「最も信頼していた人にうらぎられた」というのだから、末さんの事ではないか、・・・」「まさか、お金次第か‥」と続くわけだから、末さんではなかろう、違う、・・・・、なら誰なら、何の事なら…と物議も読んでいるようです、聞いた人によっては、私=末永と思う人があるのかもしれませんね・・・本人に聞いてみますと、「違う違う…」と笑いながらのせつめいでした。それは、東京の人で、当初から、こちらに情報も教えてくれ、何回か近藤さんが東京であっていた人、津山にも来た人、その人が、裁判を通じて、原告側の立場で証言でもするのかもしれないという話が出ていますから、そのことを説明してはなしているわけです」ということでした。

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