月別アーカイブ: 11月 2014

津山圏域資源循環施設組合議会報告

★11月7日(金)は、津山圏域資源循環施設組合11月定例議会でした。決算が中心の審査でしたが、決算質問・一般質問併せて、質問者は、私一人でした、以下、質問の様子をお知らせします。正式な会議録でなく、質問原稿とかメモとかを頼りに作成したものであることをご理解ください・・・と、思って準備しましたが、なんと、原稿をコピーとして「つまんで」、このブログの画面に挿入を試みましたが、表示されません・・・トホホホホ・・です。質問と答弁を要約して、写真の上下に挿入予定で画面作り、原稿作りしたのですが…。

※本会議中の写真撮影は、全員協議会の席で「議長と各議員」にお願いして、事務局職員のMさんに写してもらいました、沢山の写真と色んな角度や、瞬間瞬間の写真ありがとうでした、と、お礼申しておきます。

平成25年度「決算」について、工事の遅れ問題・住民訴訟が12月24日判決の予定ですから「裁判対策」などを質問です。そして、福井県敦賀市が「津山東部衛生組合」をあいてに1億9千万円の支払いを求める裁判の提起ですから、なぜそんなことになったのかを質問しました。

★下、答弁に立つ宮地管理者(津山市長)です。福井県敦賀市から「東部衛生組合」が訴えられたが、新しいクリーンセンターへの影響は、との、問いかけから始まりました。

★東部衛生組合を解散して、管理している財産とか裁判などは各自治体に戻して、ゴミを焼くということだけが新しい資源組合に関係するもので、裁判は関係することはない、との旨答弁。

管理者答弁を聞く、当局席の様子です。下は、答弁をする大下副管理者です。訴状な届いたか、の問いに、まだ届いていないので細かいことは不明との答弁。

上が答弁をする上田事務局長(クリーンセンター所長)で、工事総額は約16億6千万円で、との答弁。下は、工期は延長したが、来年12月稼働には間に合います。との答弁に立つ河島事務局次長(クリーンセンター次長です)※ここまでが、登壇しての質問と答弁でした。

再質問に入りますが、ここから「一問一答」でおこないます、短い質問の時は、1分で3つ~4つは質問が連続します。

★一問一答の最初の課題は、「敦賀裁判問題」です、東部衛生組合の管理者をしています、花房副管理者(奈義町町長)に、事の成り行き・経過などを聞きます。この一問一答は、ここに紹介したいですが、質問と答弁を作成した文章のコピーで移動できません。別途、特別にホームページで紹介する予定です。ここは、写真と少しの解説のみを紹介しておきます。

★末永議員の期待にそえるかどうかは不明ですが、真摯に答弁します、との旨をのべて答弁でした。

花房副管理者というよりは、東部衛生組合の管理者という感じで、何故、どんな経過で「キンキクリーン(株)」契約をしたのか、など聞きます。

キンキクリーンは「暴力団が関係した会社と言われるが、それを承知して契約したのか」と問いかけます。

上の写真・・「平成10年契約をした当時は知らなかったが、今日の事態となって色々と調べてマスコミなどにそのように指摘されていることを知った。」

下の写真、続いて聞きますが、Mさんの紹介があったといわれるが本当か。

★契約の直前までは、奈義町が管理者でした、私(花房)は収入役でしたが、契約の時期は、勝央町が管理者となっており、私は規約により収入役を降りたので、仔細はわからない、との答弁でした。

★こんなやり取りが、花房副管理者と10回程度行われたのでしょうか、その後は、宮地管理者との「最後のやりとり・一問一答の質疑」へ継続していきますが、裁判の問題、工事工期の遅れなどが一問一答で行われていきます。

下の写真は、平井事務局次長、汚染された土壌の「安全化対策」についての質問に、熊本大学の環境学者の指導で、きめ細かい調査をして、市民の不安を取り除く努力をした、との旨答弁です。

そして、下の写真は、甲田事務局次長(クリン次長)の答弁の様子です。購入した土地は、安全だとして前管理者・地権者の(株)エナから購入したが、安全でなかった、瑕疵があった、安全化の工事代金は、先任者らからもらうべき、とのといかけに、瑕疵担保責任の条文について、その取扱いは、慎重にしたい、との旨答弁でした。

それぞれの人に2~3の一問一答による「課題追及」です。

★質問時間は30分です。残り12分くらいで、宮地管理者との「一問一答」が最後まで続きます。

上の写真・再質問からは宮地管理者も自席から答弁します。暴力団がらみの「キンキクリーン(株)」との契約問題、M氏の関わり合い、どうおもうか、との質問に、「事実なら、いかんなこと、キンキクリーンは責任をもってもらうべきだ、など答弁。

事務引継ぎはしていない、ということで、裁判がおわるまで「東部衛生組合は存続してもらう必要あり」の質問には、「ごみを焼くことは、新しい資源組合が引き受けなくてはいけない」との旨答弁でした。

上の写真・西野議長を議長席の後ろから1枚写しています。

★「ゴミを焼くことは、新しい資源組合で焼くとしても、裁判対策などの為に関係する市町で「清算事業団」のようなものを作って、裁判に対応する必要がある、各自治体に別々に移行するのは不便。。。との問題提起をして、この件での質問はおわりました。

★最後までに、再質問・一問一答は21回質問したそうです。登壇が8分程度でしたから、22分で21回、平均「一問が1分」ということになりますか。そして、最後は、少し時間オーバーして「決算についての反対討論」でジエンド・質問時間は、30分ジャストだったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

赤旗まつりその3・2日目の夕方から3日目へです

★バタバタしていまして、中々思うように作成ができません、後、資源組合の本会議の様子も「作成したい」とも思っていまして、どうなるかなです。

志位委員長が、八代さんに花束を渡して、「お礼のことば」・・・退場しかけたら、八代さんが「印象に残ることば・・」をのべました、「委員長さん、委員長さん、大変な世の中です、世の中を変えるために、頑張ってください、本当に、頑張ってくださいよ…」と述べられました・・

どこをどのように歩いたのか不明、食べ物を購入したり、多少の「お土産」を買ったり、重いものを送ったり、しながら、あちこちあるきまして、「第五福竜丸」の保存会館に入りました。これも、初めて実物を見ました。上と下の二枚が福竜丸保存館の中の写真です。

上の写真は、うす暗い中でしたが「若者の広場」に行ってみました。あちこち歩きまして、食料品や「作品・土産」など買い込みまして、疲れて、タクシーでホテルへ帰りました。

★三日目は、早めの参加、ボランティア要員のみなさんが新木場駅からのご案内でしたから、御願いして写真に入ってもらいました。

三日目もたくさんの人が、朝早くから参加されていました。この日は、三万人と言う事になるのでしょうか…

縦線後援会のコーナーを経て、東京都の広場に出ていきました、各区・地域ごとに、衆議院・区議・市議などの候補者を交えての「つどい・集まり・集会」をしていました。

上は、東京の「ある区」の区議会銀の決意の様子です。9人が立后という話だったと思えますが、、、

東京の広場を過ぎて、色んな地域講演会・出店、歩いてみました。

午前10時「うたごえ合唱団」の歌声でオープニング・ひさしぶりに「沖縄を返せ」などの労働化に接しました。

★3日目の司会は、落語家・立川団之助と前進座の俳優・妻倉和子さんでした、歌声を聴き、見ながら、野外ステージの周りにありました、各県のテントなどを回りましたが、偶然にも、穀田国対委員長とあいまして、挨拶かたがた写真を写させてもらいました。

★下の写真は、中国・四国のテント前、四国の佐々岡さん、前回の衆議院市区子ブロック候補、その前は、土地山田知用の議員、「本音シンポ」のじょうれんでした、「末永さん・・・」と声をかけられ、岡山の候補者であった石村さんも参加しまして、写真に納まってもらいました。春名さんにも会いまして、佐々岡さんと石村さんは「候補者交代」と言う事でした。

左から佐々岡・石村・私ら夫婦・春名さんです。

下の写真は、舞台ではじまった、原発再稼働ストップ・原発ゼロの実現を目指しての討論集会の様子です。

笠井参議院議員を司会に、首都圏反原発連合の越後芳さん、反原発かごしまネットの向原祥隆さん、福島県会議員の神山悦子さんでした。

討論が終わって、舞台と会場から、コールのれんぞくでした「原発やめろ」「再稼働反対」「川内再稼働許さない」「安倍は止めよ」など、ラッパと太鼓と笛の音色、軽快なリズムに乗っての大コールです。首相官邸前金曜日行動、おなじみのアッシさん、そして、吉良よし子参議院議員、「安倍は厳罰止めよ、辞められないなら首相をやめよ」のこーるです。金用語高度は、笠井さんと吉良さんが「皆勤賞」だそうです、、、すごい大コール、吉良さんは、若い、飛び跳ねてのコール指導でした。

舞台は、民謡歌手の原田直之さんの「新相馬節」などの民謡でした。私たちの参加もここまで、新幹線の時間に合わせて、それでも、まだ、見ていない箇所の見学もあって、歩きはじめました。

★色々と時間を気にしながら歩きまして、市田さんとばったり、京都左京区で娘夫婦がお世話になっています、市田さんの娘さん、お孫さんたちと、私の娘夫婦も、ともだち・・・写真を撮らせてもらいました。

この後の写真が、何故か、ここに持ち込むことができません、写真が大きすぎて、アップロードできないと表示されます、おかしなことで、金出地カメラで、特別に変なことをしたものでもありません、同じように写したのですが、、、ダメなものは、ダメですね、、と、言う事で、「赤旗まつり」の写真はここまです。やっと、最後まで作成ができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤旗まつり」その2・2日目からの報告

★昨日の記事で、第41回「赤旗まつり」の初日の様子と、2日目の「幕明け・開会」までを写真集としてお届けしました。今日は、その継続からです。2日目の幕明けは、きたがわてつさんの歌声・舞台からでした。

司会は俳優の能登剛さんと有馬理恵さんでした

★上の写真3枚・私らは、舞台に向かって、やや、右側の前の方・右隅に陣取ったと思っていましたら、午前10時前くらいから、人・人・人です、いつの間にか、真ん中の右寄りに座っているという位置になってしまいました、周囲に人の輪が広がりました、周囲というよりは、右側と後ろに人がびっしりとなりました。。。ひろい会場、全体の入場者が8万人とかで、このステージには、何人の人が寄ってきたのでしょうか、・・・・5万や6万はおりましたか、真ん中の席となりトイレに行くのも一苦労・・午前中が2時間と少々、午後が同じく2時間と少々、座っていましたから、少しは良かったですが、それでも、足腰はビンビンと張り続けでした。

ここから下の写真・モリタクさん&小池さんのアベノリスク対談「超貧困と戦争の日本」なんかにしない!の様子です。

この人は、「手話通訳の人」です、お疲れさんですね。

モリタクさんの軽快な「経済論」には脱帽です、「小池さん、鼠費税は、10%に挙げる菜ではなくて、下げろですよ、5%に戻せ、そして、消費税はなくせですよ…」との指摘には、小池副委員長も、「そうですよね・・・」と相づちをうつ以外になさそうでした。おもしろい対談、こんなのをテレビで放映してほしいですね、、

上の写真は、次の演目・浪曲師の国本武春さんの「ザ・中心蔵 吉良低討ち入り」などでした。名前は聞いたことがありましたが、初めて実物の「お話」を聞きました、近代的な「浪花節」でした・・・。

国本さんが終わって、昼食休憩へ…全国物産展・食事の広場・東京の広場・南物産展・大書籍市などをブラブラしまして、野外ステージへ帰りました。ぎっしりの人、私らの席は、完全に「真ん中あたり」で、確保していた場所へ行くのも一苦労でした。

上の写真・午後のはじまりは、サクソフォン演奏者 中川美穂さんの舞台からでした。少し遅れて参加でした。

★当日参加した人の中で、来年の一斉地方選挙の候補者紹介・次期衆議院各ブロックの立候補予定者の紹介がありました、中国ブロックは、石村さんが党中央勤務へ、太平さん、ヒロシマの若い人が紹介されました、びっくりでした、そして、佐々木憲昭さんも勇退…まだ、若いと思いましたが…。

★写真下・志位委員長の記念講演「この党を大きくすることに日本の未来がかかっている」と題する話、これもすごい迫力ある訴え、大きな歓声に包まれました。

下は手話通訳の人です。

外ステージにあふれる人、人でした。そして、大型スクリーンに映し出される参加者の様子は、驚きの数でした。

志位委員長の訴えが終わりますと、有馬理恵さんが「飛び出してきて」という感じの司会、次の舞台・八代亜紀さん専属の司会役を紹介でした。

失礼ですが、名前の紹介がありましたが、記憶悪しで、忘れました・・しかし、この人は、忘れていませんですよ…。

 

第41回赤旗まつり11月1日~3日へ

★2014年11月1日(土)~3日(月→文化の日)に東京夢の島で第41回赤旗まつり(4年ふりに行う)に参加しました。しようと併せて生まれて初めての参加でしたが、さすがですね、多少、疲れましたが、役に立ちました、元気ももらいました、以下、写真を中心にしてお知らせします。

初日はあいにくの大雨、それでも4万人の人が参加だったとかです、翌日の「赤旗」で詳しく知りました。中央の「野外ステージ」についたのは午後になってから、すでに、開会式などは終了していました。

上の写真、すでに「二期会・マイスタージンガー」の歌も始まっていました、後ろに小さく映っている女性4人・男性4人のグループでした。本来二期会はたくさんのメンバーがおられると聞いていますが、代表が8人でした。

上と下の写真・壱日目の司会は、能登剛さんと大山秋さんでした。

ここから下が初日のメーン企画の山下芳生書記局長とドイツ文学者・池田香代子さんの「政治も社会も変えられる」アクティブ★トークのようすです。雨の中ですが、沢山の人が聞き入っていました。

★大型画面が、本物のすぐ後ろに映し出されますから、目が、つい、大型画面に行きますが、画面の下は、本物の様子です。

★今、自衛隊員の人・家族の人が「日本共産党に注目・期待がある…元々、若い人や家族は、自衛隊は、災害救援支援などをしたいとの願いで入隊、就職したという認識、其れがも知らない間に、海外で鉄砲を持つようになる、人を殺さなくてはいけなくなる…そんなつもりではない」と言う事ですなど、突っ込んだトークの末に、池田さんは、山下書記局長に「普賢岳の質問の時に、最初に、消防団の人・自衛隊の人、お疲れさんとかご苦労さんとかの言葉を言うてほしかった、度量の大きさを今見せる時、答弁絶った大臣が、消防と自衛隊の活動を述べていたが、、、あれば、残念、せっかく、災害救助の件を質問したのだから、すごく、残念な気がした・・・」と、てきびしい批判、・・・山下さんもタジタジという感ありでした。

上の写真は「手話通訳」の人ですが、2~3人が交代で務めていました、大変な仕事ですね。

続いて、沖縄民謡歌手・古謝美佐子さんの「力強い沖縄の詩」でした。4人の「太鼓タタキ」の人ともに、すごい迫力でした。

このころは、雨が少し小ぶりになったり、止んだりでした。

お墓の中からの響き渡るボリーム感ある声・身体もボリーム感あり、この身体からいっぱいの声は、周辺を圧倒でした。腹からの声は、心にしみますね。

古謝さんの歌声の終わりころには、また、雨でした。ここからは、降ったりやんだりでした。

★11月2日「赤旗まつり」初日は、雨で大変、そして、数時間立ちぱっなしは足腰に応えました。南側の物産展を眺めたり、第書籍市を歩いたりはしましたが、本当に、あいにくの雨の中で、お店などは、十分に見えませんでした。

★下の写真は、2日目、「ゆうかり口」入り口付近の様子です。

上の写真、二日目の最初のステージは、シンガーソングライター・きたがわてつさんの歌声からでした。写真は、開会前のリハーサルしている風景です、開会前に来まして、陣取り、昨日ホームセンターに行きまして「椅子」を購入しまして、舞台に向かって右側、それでも、端の方かなと思える場所に確保でした。既にたくさんの「陣取り」が各講演会からの多数参加地域でしょうか、ブルーシートで広くとっているところもありました。

スタッフの皆さんには頭が下がります、雨上がり、土を入れて「水たまり」の整備でした、赤旗によりますと、1万数千人のボランティアスタッフとかで、駅からの道案内から、トイレの世話、「水が出ませんから、汚れたらすぐ言うてください、掃除します・・」の声には驚き、そして、ゴミの分別収集の世話、トイレもごみ収集も全体では、数えきれない箇所に、数です、道案内も四方八方、全ての道という道と、催しもの会場の案内、頭が座下ります。

三日目の朝・新木場駅の案内のスタッフと一緒に写してもらいました。この駅が主要駅ですが、20人前後のスタッフ、会場の入り口までは、数10人はおられたでしょうか。下の写真は、ゴミの収集場所です。

★2日目の朝の様子に帰ります、陣取りをして、少し会場を歩いてみました、すごい人たちが続々と参加、雨も上がりまして、ホットでした。

★2日目のステージの開幕です、司会は、俳優の能登剛さんと、津山の「本音シンポ」の最終回に「釈迦内棺歌」で来てもらいました、俳優座の有馬理恵さんでした、元気に跳ね回っていました…。