日別アーカイブ: 2025年6月26日

6月26日特別委員会の2つに参加の日

★昨日は、雨はあまり降りませ南でしたが、曇り空で、とても、蒸せた一日でした。今朝も、雨の中です、一日降るのかもしれません、蒸せて熱いですね・・・

★今日は、津山市議会は、特別委員会の審査日です。午前中に。広報調査特別委員会と市議会活性化調査と区別委員会と、そして、午後からは、美作大学公立化調査と区別委員会です。広報と活性化は、いわば「常設のような特別委員会」となっていますから、メンバーはダブっていませんから、同日時での開催が可能です、が、美作大学は、上記2つとかなりだ分メンバーで構成されていますから、別の日時で開催ということになります。

★ということで、私は、まず、午前中が「津山市議会活性化調査特別委員会」です。これは、前にもお知らせしていますが、委員長という役目です、臨んだわけでも無しで、なんとなく「まぁー、末さんで…」という声の中で、田に推薦者もなし、自洗もなしということ、で納まったということ。

★今日までに、各委員さんと、会派の皆さんに「活性化で検討すべきことが、行うべき課題」などについて意見を聞きまして、事務局が「まとめ」をしてくれていますから、まずは、昨年まで行っていた、出前講座などの「議会報告・市民との対話懇談会」のありようについて、公募のやり方らついて、を論議してもらいます。

★その後で、各委員から、会派から出ている意見を全部紹介して、何から始めるべきか、2番は何か、などを定め、一番に選ばれた課題を、一定の結論へと論議を深めたいなの思いです。

美作大学公立化問題は、?、単純ではありませんよ

★まずは、正副委員長(委員長→三浦・副委員長→河村)がどのように考えて、どんな運営、提案をしてくるのかにもよりますが、いずれにしましても、一回目で「審査すべき事柄」をおおむね出し合っています、今日は、当局から、今までの経過を聞くというのが、主な任務かなと思ったりしていますが、どうなりますかね。先に、津山市立にする、が、姉とすれば、大変なことですが。。。

美作水平社運動の大きな節目は、20年まえ

2002年5月12日(日) 全国水平社創立80周年

 津山市協創立50周年 記念集会

  

水平社創立から80年、私たちは「部落解放運動にさようなら」を決意しました、それは、子供たちや孫たちへ「同和」という名のつく特別の地域がある社会ではなく、普通の社会を残してやりたい」との運動のスローガンを実践する上での、「部落」と冠をした団体があることが矛盾を生んでいる、「いつまでも同和・部落ではない」とすれば、「部落を冠した団体」の責務は、その名をなくすること、運動の必要がない社会をつくる未来へのロマンであるからです。

そして-5月12日に新しい時代の扉をひらきました-
豊かなまち・人つくり津山ネットワーク

   (通称 まち・人つやまネット)を立ち上げました。

★午後1時からベルフォーレ津山で「豊かなまち・人つくり津山ネットワーク」の立ち上げ集会が行われました。
写真は、旧全解連津山市協議会委員長として「開会挨拶と経過報告」を行う末永弘之、「私たちのいつまでも同和・部落でない世の中をめざした運動が、今、大学のキャンパスの中で『さくらヘルパー2級養成学園』を開講することになりました。ここまで私たちの運動がきました、・・・と訴えたときは、感無量、少し、涙ぐんだものでした・・・・
☆☆☆彡➟こんな出来事を歴史の中に綴じます。世の中非常、皮肉ともいうべきか、ここに書いた「大学のキャンパス」とは、今、話題の美作大学の中のことです、美作大学の中に、「さくら二級ホームヘルパー養成学園」の教室を「定数50人」で作ったわけです、作ってくれたというべきです、ね。☚☆彡・・・・しんどいお話、仕事です。