★昨日も、晴れたり、曇ったり、小雨もありと、へんちくりんな天気の1日、とても、暖かくて、空気は冷たくて、変な感じでした。今日は、とても霧が深くて、見通し悪しの朝です。さむいですね、、、あさいちは、地元のじむしょで「あかはた日刊紙」の整理と、すこしだけの整頓、掃除して、ごみを焼きました、そして、散歩です。★
反対する議案は無しですが、討論はします
★市議会最終日です、すでに紹介記事を書きましたが、提案されています議案、珍しく「全議案に賛成」という立場で臨みます。ふつうは、すべて賛成の場合は、討論もしませんが、今回は、特別の理由で「討論」の準備、議会事務局へ「発見通告」を提出しました。
★本会議場での扱いは、各常任委員会の審査結果の報告を、各委員長が行います。そして、しばし、休憩をとって、聞いたばかりの「委員長報告への3゛伊・反対の質疑、討論」を準備して、再開されて、通告に基づいて、まず「質疑」~始まりまして、この質問は「委員会報告への質問」ですから、委員長が答えることになります。議長から、注意が出されますね、、「委員長報告にないことは質問できません、」という趣旨の注意です。
★質問が終わって、次が、「討論」となります。多い時は、数人が討論に立ちますが、今回は、私が一人というように言われています。
清泉小学校の廃校に関する条例改正についてです
★1年かけて、地元関係者、各町内会の人手たちが、苦労して論議し、苦渋の選択として選んだ道、「成名小学校への合併」です。廃校という「悲しい現実」になったもので、残念の心ねです。
討論原稿の一部です、ごらんください・・
★…前略・・・・反対ではありませんが、教育委員会の、少子化社会を迎えての、令和5年3月27日にだされた「今後の津山市立小中学校の体制整備に関する基本方針」によって、過小規模校(複式学級)において、地元の人たちに協議を進める方針として、小規模校・複式学級について、選択肢から外してしまったという結果から生まれた方向です。
★仮に、小規模でも、複式学級になっても、地元の人たちが選択すれば、津山市としても、その方向を見定めるという「選択肢」があれば、「小規模でも清泉小として残してほしい」結果が生まれていたかもしれないと思えて仕方ないからです。
★しかも、教育委員会の基本方針では「過小規模校」(複式学級)の解消と、小中一貫校の推進を最も効果的に進めるためには、①義務教育学校、②小中一貫校、③近隣小学校同士の統合、の3つしか選択肢を与えていないという、かなり、いびつで、偏った基本方針を地元に示して、話し合いを進めているという事です。
★そこに、大きな疑問を感じると当時に、教育方針の基本の見直しを求めたいとの討論と思ってください。
★実は、清泉小学校には、大げさに言えば、全国の「地域改善事業の教育指針」を大きく変化させてきたという、歴史的な取り組みがありました。
★わかりやすく説明しますと、夏休みが明けて、子供たちの会話の中、キャンプの思い出に話がはずみます。その時に、地域の子供たちは、「廃品回収とか家庭が負担してキャンプする」という事になっていない、地区でない場合は、廃品回収で楽しかった思い出の話があるわけです。
★そこに、違和感を感じられる、生活改善という教育集会所を使った特別の助成金がある」という事実、ここから、子供たちも、保護者からも、「おんなじ土俵で子供たちに交流させるべきではないか、私たちだけが特別にもらえるお金は、おかしい、いらない」という運動が提起され、津山市全体の指針となっていった経過がある地域です。
★もし、あの時に、津山市が「そんなことを言うのは、さっぱり理解していないからだ」「差別の深刻さを学ばなくてはならない」という、いわゆる「同和に凝り固まった教育方針」を持っていたら、全市内へとの広がり、全国への教訓にはならなかったといえます。幸いにも、津山市は、「自由に語りあえる民主・同和教育」を基本方針して、本音で語る同和問題シンポジュウムが生き続けていた地域でしたから、「私たちだけがもらえるお金はいらない」という声が、素直に、みんなの心を揺り動かしたと、今でも明確に言い切ることができると思っています。
私が、申し上げるまでもなく、各地域の小学校は、地域の人の集う場所であり、地域の文化の伝承地です。
小さい学校は、小さい学校としての魅力があります。選択肢として、小規模校・複式学級をきっちりと明記してくださいです。・・・以下略・・・
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昨日の義務教育の在り方を考える市民集会でも、話題になりまた
★昨日、有志による人たちが呼びかけました、義務教育の在り方を考える市民集会、サー残念なことですが、参加者が少し、少なかったですが、10数人が集まりまして、市の教育委員会からの「方針」を聞いて、質問とか、意見とかの交流会でした。
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