★美作原水協主催の「平和行進・美作地域網の目行進」の最終日・22日(土)は、津山市内・吉井川河川敷公園で「市民平和集会」が行われ、その後、暑い中でしたか、市中平和行進でした。
★津山市長と教育長のメッセージとパプリカを持ってそれぞれの部長など四人が参加してくれました。そして、暑い中でしたが、平和行進にも参加してくれました。
★この後、市中へ、平和行進でした。
★美作原水協主催の「平和行進・美作地域網の目行進」の最終日・22日(土)は、津山市内・吉井川河川敷公園で「市民平和集会」が行われ、その後、暑い中でしたか、市中平和行進でした。
★津山市長と教育長のメッセージとパプリカを持ってそれぞれの部長など四人が参加してくれました。そして、暑い中でしたが、平和行進にも参加してくれました。
★この後、市中へ、平和行進でした。
美作革新懇の呼びかけ、大きな横断幕を掲げての「憲法守れ」のスローガン、中西事務局長の発案した津山のサイレント行動の姿です。7月15日は、とてね暑い日、家内と参加するように「さくら会館」で弁当食べていたら、知人が突然来まして、駅前の国道拡幅工事、立ち退きの話などつい、話し込みまして、半分くらい過ぎてから参加、申し訳ないことでしたが、私らよりもおそいさんかしゃもあり、合計が11人になったのかな。。
★東京都議会議員選挙、自民党が大敗北、アベ政治への厳しい審判でした。その翌日の「全国統一行動・3日アベ政治を許すな、サイレント行動」は、国道53号線天神橋北詰めでした。通り過ぎる車からのクラクション、手ふりの方が、なんとなく「多かった」という強い印象でした・・本当に、アベ政治にはさようならしたいものです。
◎美作革新懇が12日(月)~17日(土)まで、「共謀罪許すな!」野サイレント行動を午後6時から1時間、今津屋橋北詰で行うことを呼び掛けました。初日の12日は「津山ネットの総会」がありまして参加ができませんでしたが、13日は参加できました、その時のようすです。アベさんの政治は本当に「怖い」政治、それと、「いやらしい政治スタイル」ですね、、つくづく嫌になります。。。。
◎上は私がカメラマン、下は井上さんがカメラマンでした
澤地さんなどがよびかけました毎月3日午後一時は、危険な政治路線を走る「アベ政治許すな」の全国と会ういつ行動の日でした。津山でも、毎月行っていまして、こんかいも、も、です、国道53号線・津山新天神橋北詰め交差点で、7人の参加で行われました。
サイレント行動は毎回30分間です、終わってから、参加者一同で写真をとるときもあります、カメラマンが一人移りませんが仕方ないですね。。
津山市山下の児童公園で5月1日午後6時から行われた、2017年美作地区メーデーに参加、参加者約60人と少々でした、家の小用でやや遅刻して参加、主催者の挨拶が終わっていました。
津山ネットの旗も参加、津山ネットからの参加者一同、ネットのメンバーは、他の団体とも兼ねている人もあり、国民救援会・国賠同盟などの責任者・旗餅として参加していた人もあります。
新日本婦人の会津山支部の法から、集会宣言が提案、「アベ危険政治許すな、戦争法や共謀罪許すな」など参加者全員で確認し、デモ行進しました。
1985年6月19日津山市議会で「非核兵器廃絶平和都市宣言」を議決、さかのぼって、3月議会で、日本共産党に所属する私〈末永弘之〉が、事前の相談も話し合いもなく、突然〈棚ぼた議長といわれた〉市議会議長となり、平和都市宣言へ向けての活動が活発になる。
1985年9月14日から16日まで、バテイォ1番街で「第1回市民平和祭」が開かれて、32年、2016年8月1日~第30回市民平和祭の各行事が行われ、その記念誌が作成されました。実行委員会では、宮地市長に「記念誌」の贈呈を行いました。
市長からは、平和祭実行委員会へ「感謝状」をいただきました。その様子を写真でお知らせします。
開会前の様子です
冒頭に木原実行委員長から宮地市長へ「記念誌」が贈呈されました。
上と下の写真・市長から実行委員会へ感謝状が贈られました。
そして、各自が席につきまして、挨拶が行われました。
★美作革新懇話会(憲法を暮らしに生かす美作の会)が組織化されて、すぐ始まった「サイレント行動」ですから、もう、30年くらいにはなると思います、月に一回・第三土曜日の正午から、今津屋橋北詰めでの行動・・・何回目か野回数を記録していないと中西事務局地用の弁です・・・2月18日は4にの参加でしたが、新しい横断幕も準備しての奮闘でした・・・。
14日つけの山陽新聞「作州ワイド版」に乗りま下記事を紹介しておきます。山陽新聞から拝借しました。
宮地市長への申し入れ書を紹介しておきます。
2017年2月Ⅰ3日 津山市長 宮地 昭範 様
津山市昭和町1―7津山市平和委員会会長 末永 弘之
米軍の「日本原基地利用」問題についての申し入れ
2月3日に、中国四国防衛局が、貴職らに対して、「米軍岩国基地に駐留する海兵隊が、陸上自衛隊日本原演習場において単独訓練を行いたい」との旨を打診していることが明らかになりました。
日本原自衛隊基地をつかっての「米軍の単独訓練養成」は、初めてのことであり、その理由として、「東富士演習場が岩国基地から遠いため」といわれています。自衛隊の基地を、単独で米軍が使用する、という法的な規定及び日本原演習場の規定」などとの関係の仔細が「不明」とはいえ、住民に限りない「不安」を与えるものです。
ことの他、2011年3月2日に引き起こされた、津山市田邑地域の「土蔵倒壊事件」は、その責任の所在する明確にならないままに、いたずらに時間が経過し、解決の見通しも立っていません。何よりも、この時の「低空飛行をした米軍機」は、岩国基地を飛び立ったものであることは、防衛省も認めていることであり、その被害者を持つ津山市民としては忘れてはならない特筆すべき出来事であり、到底認められることではありません。
また、岩国基地には今年16機のF35戦闘機が配備されるとともに、空母艦載機も約60機移駐され、所属機は約130機体制となります。これにより岩国基地は、東アジア最大の航空基地となります。また、沖縄に配備されているオスプレイは、岩国基地にも飛来し訓練を繰り返しています。
そもそも「米軍海兵隊」は、世界への「殴り込み」が主要な任務であり、日本防衛の任務など有していません。そのような部隊に基地を提供すること事態、津山市民の「命の安全・暮らしを守る」上からも大問題であり、たとえ短期間であったとしても簡単に納得できる問題ではありません。
以下の具体的な「申し入れ」を行います、誠意ある回答をお願いします。
具体的な要望課題
1、今回の「防衛省からの申し入れ」について、市長の基本的な考えを明らか
にしてください。全体としては、「ノー」という立場を明らかにすること。市民への「負担」(精神的に)が増やされる。
最低でも、「津山市民の民家が崩壊された責任を感じてもらい、日本原基地が、アメリカの基地化・米海兵隊の基地として使用することは、「いかがなものか・津山にはなじまない」(認められない、という趣旨)は、明らかにすること。
2、今回の中国四国防衛局の「申し入れの具体的な内容」(口頭の部分も)をすべて明らかにすること。
特に、
◎オスプレイの「配備・訓練」については、何か説明がありましたか。
◎毎年の訓練という「方向」は、アメリカ軍の基地になる、という前提ともいえると思いますが、いかがでしょうか。
◎来るとして、どんな部隊で、何人程度来るのかわかれば明らかにしてください。そして、いつ頃になるのか、どんな方法で来るのか、陸上とすれば、何に乗るのか。空からとして、何に乗るのかなどなど・・。時間的な様子などもわかれば教えてください。
3、日本原基地、あえて、日本の自衛隊の基地を、アメリカ軍が使用する場合の「法的な根拠」及「取り決め」があれば、明らかにすること。また、どのような方法で、使用が可能になるのか示してください。
4、今回の申し入れある「14日間」について、その前後に1週間程度の「準備とか後始末の期間」などもある、と、言われますが、どうでしょうか。
5、この「米軍単独訓練」とは別に、従来からいわれる「日米共同訓練」についての在り方がわかれば明らかにしてください。 以上
★2月3日に、防衛省が、「日本原基地を使って、米軍海兵隊が独自訓練をすることを認めてほしい」との旨を津山市に申し出てきました。その件に対して、申し入れを行いました。全文章は、下記画面で紹介しています。
上と下、開会前に名刺交換などのあいさつです、津山平和委員会会長としては、宮地市長には初めてのあいさつでした。
上は、津山平和委員会としての申し入れ、下は、日本共産党岡山県議団としての申し入れです。向かって、右、手前から、須増県議・氏平県議です。
参加者を代表して、大西県平和委員会会長が挨拶です。
宮地市長から、挨拶と併せて、基本的な考えや土蔵倒壊事件などへの防衛省の対応の「あり方」などの説明がありました。