日本共産党津山地域議員団の視察

★10月21日(火)から23日(木)まで、帯広市「酪農業振興とTPP反対運動」について、小樽市「市議会活性化と市政報告会」について、700万人と言われる観光行政について、石狩市「地域活性化・地域おこし隊」についての視察でした。写真をおもにした報告です。

びっくりの「札幌大球」(ジャンボキャベツ)は、3日目でしたが、最初にご紹介しておきます。

人間の頭でなくて、大きなお尻以上の大きさです、15戸の農家が栽培、最近は、少しすくなくなり5戸くらいになったそうです。

初日、千歳空港から帯広市へ、さすがに遠いですね、、

上の写真・左から藤田鏡野町議、本城美作市議、と、私、久永議員です

★上の写真は、帯広市役所の玄関で、津山の議員二人です。これで、帯広に「さようなら」です。この日は、帯広に宿泊、初めての帯広市でした。翌日は、小樽市へ、これまた、遠いです、午後1時半にやっと市役所に到着でした。下の写真は、小樽の市役所、かなり古い建物ですが、正面玄関です。

小樽の役所・玄関にて向かって左から、本城・私=末永、久永、藤田です。

議員団を代表して、視察へのお礼の挨拶からです。

※観光行政の在り方の「ついで」に、NHK朝ドラ「まっさん」のウイスキーづくり、日本で最初のウイスキーは、小樽の隣町・余市です、ニッカのウイスキー工場、朝ドラのものかダリは、やがて、ヒロシマ・大阪から、余市へ変わると思いまして、質問しましたら、最近、小樽にロケ隊は陣を張って、余市での「撮影」を始めているとかでした、ロケ隊の宿泊は、小樽だそうです。

※研修が終わって、議場の中を見学させてもらいました、古い建物・昔懐かしい津山の議場を思い出す風景にもであいました。

★少し「出発」まで時間がありましたから、議員団だけで「小樽運河」付近を散策しました、夕方から、札幌の宿泊地へ向かいました。

※22日は、札幌どまり、翌日は、石狩市へお邪魔しました。下の写真が、石狩市の庁舎前・玄関です。

 

※すごく立派で、大きな庁舎でした、2つの町を合併したとかのお話でした。

議場の中も立派、予定より少し早く着きましたので、議場などの見学を案内してくれました。

地域おこし隊が4人、3年間の契約で石狩市へ来て、住民との対話・支援活動を行っている実態を学びました。

そして、現地視察で、ジャンボキャベツ畑へ案内してもらいました。

 

 

ごきげんいかが

ごきげんいかがですか14年9月16日2面

9月12日は2014年9月議会一般質問でした

★津山市議会2014年9月定例市議会は1日に開会・26日まで開かれますが、8日~12日までが「議案・一般質問」でした。今回は、23人が質問し、私は12日(金)の2番目でした。

①津山駅周辺整備事業について ②教育の在り方について

を質問しました。写真をおもにしての報告です、ご覧下さい。

まず登壇の質問からです、約10分近くは、かかり過ぎましたねです。久しぶりの「総括質問」で時間配分がずれ込みました。

★下の写真、まず、市長は、登壇して答弁します。

★上の写真は、まず、村上都市建設部長の答弁、自席からです

★下の写真は、光井経済産業部長です。

★そして、下の写真ですが、田村教育長の答弁です、市長以外は、皆自席からの答弁となります。

★続いて、下の写真、忠政こども保険部長の答弁でした。

★登壇での質問には、これですべての課題の答弁でした、続いて、今度は、自席から「再質問」と言う事になります。

★再質問の自席からの質問には、宮地市長も、自席からの答弁となります。

答弁を聞きながら、資料を見たり、次の質問への思考をです。

上は、村上部長 下は田村教育長の再質問への答弁です。

上は、再質問に答える 忠政こども保険部長、下は、再々質問の私

再質問から再々質問へ、そして、再々再質問もです

上の写真は宮地市長、下は大下副市長の再々再質問への答弁です

★のこり7分を市長への集中しつもんとなりますから、と、通告しておきました。教育長への質問が2つありまして、

かくして、8分をのこして、教育長と市長への集中質問に入りました。

★上は、再々再質問くらいの時質問を聞く田村教育長、そして、

下は、答弁をする教育長です

★宮地市長へ集中質問ですから、当然市長も熱が入ってきます。

登壇質問、そして、再質問から五度目への質問がおわりまして、

残り質問時間は、二分、このタイミングになりますと、妙味ですかね、絶妙のタイミングというのかもしれません。

宮地市長の答弁は、残り時間とは関係なく自由に答弁できます。

上と下、のこり二分の質問戦への風景、わずかでも最後に残したい心境の質問

★ここまで来ましても、答弁する市長は、時間にこだわることなく、いわば、自由に答えることができます、議会なのに、議員の側に「時間の制約」があり、当局には制約がなく自由とは…これいかに・・・・さかさまですよね。

この58の数字は、実は、58秒の残りを表示です、何とか、持ち時間、残りました、いよいよ最後の質問へです。

★最後の最後、市長に、津山駅前を「整備した」という実感、駅に降り立ったお客さんが「きれいになった」と実感できるのは、明宝びビルなくなり、コンビニとか、駐車場とかお店とか、お城山の風情がある商店の姿ができること、ここは、完全に民間会社の所有物件と土地です、民間の力を出してもらう、まさに、民間活力です、民間の力を発揮してもらう事です、市長、民間人にお願いをして、なんとかしてもらうように・・・と、述べた瞬間、時計は0分を表示、ジャスト、ジエンドでした、1秒程度は、伸びたかなの持ち時間終了の瞬間でした、見事に時計と質問現場を写してくれた名カメラマンでした、お世話になりました。

 

8月26日資源循環施設組合・臨時本会議

★津山圏域資源循環施設組合8月臨時会が、2014年8月26日(火)に行われました。4階も不調におわった「最終処分場建設入札》について、4回目で、応札「共同企業体」が出ましたが、今度は、金額が「予定価格をオーバー」しておりまして、2度も「金額の入札」をしましたがだめでした。そのために、地方自治法の特例「不落随意契約の規定」を使っての契約二、やっと、たどり着きました。11ヶ月の《遅れ》を生じました、その契約行為の議決、造成工事の「追加・補正予算」などを審査するためでした。

資源循環施設組合議長の西野議員と、山田事務局長

議員は16人ですが、一人が「欠席」でしたから、15人の議員でした。

★空席になっていました、副議長は、「議員の取り決め」に基づいて、勝央町の和田議員が議長指名で決まりまして、副議長就任のあいさつをされました。

宮地管理者が、補正予算や契約議案などを提案です。

ていあんされた議案に対しての質疑は、私=末永だけでした。造成工事費の追加、最終処分場の請負契約などを質問通告でした。

そして、宮地管理者が答弁でした。

資料を見ながら答弁を聞き、再質問へ準備です

大下副管理者の答弁です・下は上田クリン事務局長の答弁です

後方の右側の人甲田事務局次長ですが、この人は、私の質問の資料の提出や打ち合わせの責任者のようなことを前日までしますが、考えてみますと、本会議では、答弁はしないんだ。。。

上は河島事務局次長、下は平井事務局次長の答弁です。

再質問の様子、今回は一問一答ではなくて、総括質問の形式をとりました…が、回数は、六回程度の再質問でした。

宮地管理者の再質問への答弁は自席からです。

そして、再々質問、再々再質問、さらに再々再々再質問へと続きますが、途中で、ぎ地用に、質問回数が増えますが、持ち時間内には、治めますから、御許しをと、お断りのシーンもあります。

大下副管理者・上田クリン事務局長など、各事務局次長も、再質問に答えます。

 

最後、やや、得意のポーズかな、?、幾つかの課題を指摘、注文を出して、これで終わります、と、述べて、座りましたら、ブザーでした、まさに、ぐっとタイミングの終わりでした。

質問通告は、末永だけでしたから、討論もなしで、議案の採択に入りまして、全ての議案を、全議員が賛成で可決しました。

四つの議案を、一つ、一つ丁寧に分離して採択しました。

★全議案が採択されて、管理者が閉会の挨拶です。

そして、西野議長もあいさつですべてが終わりです。

野議長が、今日は、全議案、全員一致でした、反対者なしでした、と、灌漑気に挨拶、珍しいことで、どうでしょうか、良かったという感想が、言葉に出たのかな…でしたが、末永→そうですか、おかしかったら、次は、反対しますからね、、、ごしんぱいなく、、と、投げ返しまして、議場が笑いに包まれて終わりという日でした。

 

 

 

 

 

 

8月19日平和の灯→雷と雨も・・・

★美作原水協の主催する、暑い夏の平和の取り組み、被爆69年の夏、今年最後の催し、吉井川に映える平和の灯が行われました。雨が心配、中止かな、とも思われていましたが、お昼前から太陽が顔を出して熱い日中となりまして、午後3時から準備でした。

台所方と、ともしびつくりの2つに分かれての作業開始です。

吉井川河川敷に、69平和の文字を作り、吉井川に浮かびださそうという仕掛け、暑い日差しの中、汗びっしょりの作業です。

ほぼ、題字(台字かな・・?)が出来上がりです。

できあがりを城見橋の上から眺めて、形を整えます。

きれいに映えるように最後の仕上げです。

★台所方も、手作りの「ごちそう」を急ピッチで仕上げてす。

★仕上げまして、しばらく休憩・午後6時30分に「火入れ」を行うのを待ちましたが、この間に、雷と雨、かなり激しく振りましたから、さて、火入れがどうなるか心配でしたが、6時過ぎに雨は上がりました…が、ろうそくなど「びしょ濡れ」でしたから、・・・・

火入れの「試運転」・・・チャッカマンを新しく購入して、火が付きやすくと、長いチャッカマン・・・何とか点きそうで・・・・やれやれ

城見橋をとおる人たちが、見入ります、「なにっ」という不思議な顔、通りすがりの高校生に、火入れをしますか、と、声かけまして、二人の女学生がおりてきまして、火入れのお手伝いをしてくれました。

火入れを終えて、皆で1枚ですが、全員ではありません。

うす暗い吉井川河川敷に、69平和の文字が浮かびました

出来上がりを城見橋のうえから、昨年よりはきれいだ、大きい文字になった、あそこはもう少しのばしたほうがよい、・・・などなどひとしきりの論評を加えて、雨のないことを祈って、懇親会会場へです。

 

 

この画面で7時すぎでしたか、中央会館の「夕食懇親会の席」へ移動です。そして、乾杯の最中から、激しい雷雨、どうすることもできず、この明かりが映えたのは、何分くらいだったのでしょうか、・・・小降りになって、懇親会の席をぬけて現地に行きましたが、明かりは消えていました。

 

児島事務局長の司会、下野代表理事のあいさつで懇親会の幕が開きました。

井之上医療生協理事長の乾杯の音頭です

★ここで電池切れとなりました…外は雷雨、終わったのが午後8時過ぎ、雷雨の中、片付けが大変、灯も座板も、人の身体も「びしょ濡れ」でかたずけを終えました。そして、翌日、多少乾かして、倉庫にしまって、ダメなものは、日上事務所に持ち帰り、整理してゴミに出しました。

 

 

 

8月4日津山市民平和祭オープニング

  1. ★第28回津山市民平和祭(同実行委員会主催・実行委員長 被爆二世の会 会長 木原賢一)ガ、4日(月)午前10時に、津山市役所一階ロビーで開会し、オープニング式・平和のための戦争パネル展が8日までの日程で行われます。今回は、津山市に平和都市宣言を求める会(津山平和委員会・美作原水協・津山医療生協・津山民商・津山新婦人の会などで組織)が事務局団体として当番に当たりました。

実行委員会の事務局として、開会行事の準備、「求める会」からの準備に参加した人たち、朝早くからお疲れ様でした、左から藤澤・山本・西山・葛原・私、中西・児島・近藤の皆さんです。

準備がおわって、開会までのしばしの「合間の時間」です、真ん中が木原実行委員長(被爆二世の会)と全体の事務局のくずはら先生、私は、副実行委員長という大役をもらいました。

★開会式直前、私、木原実行委員長、と、来賓のバラの花を付ける、宮地市長、川端議長、教育長代理の和田教育部長です。

★午前10時開会です、司会役は、実行委員会事務局の児島さん(美作原水協の事務局長→この式典がおわってから、今日からはじまる原水爆禁止世界大会・ヒロシマ集会参加で出発しました)です。

★実行委員長の木原賢一さん(被爆二世の会会長)の開会あいさつです。

★宮地市長の来賓あいさつ

★川端議長の挨拶、下が和田教育部長が田村教育長のメッセージ代読です

★実行委員長と3人のらいひんによるテープカットで幕明けです。

★米軍機低空飛行による土蔵倒壊の「赤旗しんぶん」の切り抜きや「九条の会」の活動ぶりなどを紹介するコーナーです。

★オープニング式の後、実行委員会による「平和へのもうしいれ」と市長らとの懇談会でした。

葛原実行委員会事務局地用の司会で「懇談会」の開会です。

★上が木原実行委員長から、宮地市長へ「要望書」を手渡し、その後、下は、田村教育長(和田教育部長代理)にも「要望書」を渡しました。

宮地市長のあいさつと「要望」にたいする基本的な回答がありました。

 

7月20日さようなら島根原発!大集会へ

★7月20日は、津山市後援会として、ひろげよう!みどりのエネルギー・さようなら島根原発!大集会、松江市くにびきメッセへ参加しました。津山市からは、12人の参加でした。

「さくら会館」駐車場に集合、カメラマンをかえての写真です。

そして、中後援会長のあいさつと「暑いから気を付けてください」と行動の説明と注意でした。

★津山から約2時間、島根原子力館から、原発全体が見られると言う事もあり、最初に行きました。

入り口です。そして、小高い丘の上から、敷根原発を見ました。

★向かって右が1号機→運転開始から40年、この1号機が問題の、1、000か所を超えて点検漏れがあることが判明したところです。2010年3月31日から稼働は停止しています。

真ん中の、やや大きく映っているのが2号機で、昨年の暮れに、安倍の再稼働容認政策により、規制委員会へ再稼働の申請をしています。2012年1月27日から稼働は中止しています。

左の山の向こうが、3号機「工事現場」ですが、工事は「終了」しており、いつでも稼働できる状態です。安倍が「島根原発3号機は、新増設ではない」と断言した機です。今は、動いていません。

中西後援会長さんです

このあと、昼食をして、会場へ向かいました。

★暑い、メッセの屋外集会か、と、覚悟していきましたら、メッセの中、冷房の効いた屋内集会でした、思わず、「ありがたい」の声です。

★津山・原発ゼロをめざす会の上り旗を、会場真ん中あたりに陣取りました。

集会呼びかけ人の紹介と代表挨拶も行われました。

集会アビーの提案です。

★集会は、約1時間30分でした、そして、全体の参加者、4、100人が北コースと南コースの2つに分かれてのデモ行進でした。私たちは、南コースへ参加しました。

行進の出発を待つ時間です。

丁度「出雲市からの参加者」と交りまして、職員さんもおられ、しばしの「友好都市としての会話」もできました。

3時30分に行進の出発でした。

メッセから松江駅前まで、約1時間、原発再稼働ゆるすな!と市民へのあぴーるでした、さすが、暑い、行進を終えて帰途につきました。

2014年暑い夏・平和への思い

★原水爆禁止国民平和行進・津山は網の目行進ですが、2014年7月19日(土)は、午前9時から、美作革新懇話会の「憲法改悪許すな!」のサイレント行動から始まりました。

★上の写真二枚は、横断幕などを、今津屋橋北詰めの東西の大通りに面して設置しているところです。

 

★9時30分に、今津屋橋の下流、吉井川河川敷公園での、市民平和集会の準備で、河川敷へ降りていきましてサイレントは失礼しました。

困りましたのは、河川敷公園におりる「鍵」のありかがわからずで、宣伝カーは、大回り、大いに弱りました、来年からは、せっかく、高い使用料を払って「河川敷公園」を借りるわけですから、その公園の入り口の「鍵」は、しっかりと確保しておかなくてはの苦い教訓でした。

★午前10時、美作原水協・児島事務局長のしかいで、市民平和集会の開会です。今年は、参加者が少ない、少し、残念でした。

下野代表理事が主催者挨拶でした。

★津山市からの来賓、総務部と教育委員会から、そして、宮地市長のメッセージの紹介があり、市長・教育長・議長からのパプリカを代表があずかりまして、広島大会へ持参します。

さくら介護センターの皆さんがおってくれた「折鶴」も、託しました。

5月6日東京夢の島を出発した全国平和行進、全コースを歩く人も数人おられますが、大阪・東大阪自治労連の井上さん(少し、曖昧な記憶です)が、津山網の目行進に参加、先に行われた、東大阪市長選挙で「維新の会」の候補者をやぶって、「一致点での共同候補者」を当選させたお礼と、全国行進の感想、8月4日の広島まで、残り、15日歩きとおす決意などを述べました。

参加団体を代表して、県労美作の宇谷事務局長が、平和への思い、核兵器廃絶、憲法変えるな、の思いなどを述べました。

平和行進のコースと行進にあたっての注意事項などを私が説明です。

★平和行進へ出発の準備です。

★例年ですと、更新隊の戦闘で、指揮者の役割をする私ですが、今年は、宣伝カーの運転手が「新手の人」でしたから、コースの案内、宣伝カーからの訴え、などのために、行進をしないで、来る者中から指揮者の役割でした。

★やはり夏です、暑い日でしたが、商店街に入りますと、アーケードのおかげて、やや、涼しさを感じます。クーラーを聞かせて、ドアを書けておられる「商店」の前を通るときは、ことのほか、涼しい風が心地よいです。

行進隊の皆さん、ご苦労様でした。

★更新を終えて、役員を中心として、市内・がぐらお山にあります、「原爆慰霊塔」へお花をそな経て、「ヒロシマ・ナガサキ」を繰り返させないために頑張りますと報告します。

カメラマンが一人入っていませんが、事務所からお水をもらい、塔をきれ2位掃除して、お花を活けて、ろうそくと線香に火をつけて、これで、本日の「へいわにかんする津山市の集会と行進の日」は終わります。ここにきて、突然の、雨模様、そらが一気に黒くなりまして、夕立雨になりました。

 

 

宮古ボランティアセンターへ支援物資送った日

★7月3日(木)午前10時から、東日本大震災被災地・岩手県宮古市のボランティアセンターへ、後援会として「支援物資」を大きな段ボール16箱と、蒜山から、産地直送大根2つのだんぼーる、そして、井上雅之トマト園からも産地直送・トマトを二箱送りました。その時の様子を、写真にしました、ご覧下さい、あいにくの雨でしたから、大変でした。

荷造りと昼食の準備、女性後援会の皆さんです。

下が、当日参加の男性群です、当日は、女性も、男性も、少人数でした。

皆いそがしいから、仕方ないですね。

やはり、昼食がワイワイ・ガヤガヤと賑やかで、楽しいです。

が早く来てくれまして、お昼前には、16の段ボールを運んでくれました…一箱が「特別料金」で850円くらいかな…16をかけてください、送料だけでこの程度は、現金が必要なんです、決して、楽に、「支援物資送ります」といえることではないんですよ、野菜やお米も「カンパ」は、最近は少しです、大部分の野菜も仕入れ、お米も仕入れですから、よろしくご協力ダサい。今回は、衣類は、大量に寄付をしていただきました、ありがとうでした。

 

市議会議員の議員バッチの遍歴

★先日、津山市内の小学校が、社会科の勉強で、市議会の様子を「学ぶ」と言う事で、議会に来ることになり、その時に、議員章(バッチ)を説明すると言う事になりまして、話のついでに、議員の「永続章」という話題になりまして、私が、いただいた「永年章バッチ」を見せてほしいと言う事になりまして、15年目からかな、5年ごとにいただいた「永年章」をカメラに収めてもらいました。紹介しておきます。

まず、最初に、普通の「議員バッチ」(当選した時に、全員がいただくバッチです、当選するたびに、いただいてきました。)の写真を紹介します。

最初の「永年表彰」ということで10年継続して、全国議長会から表彰されますが、その時にもらうバッチが、上の写真→16金制 菊の8弁といわれる永年バッチです。

続いて、15年表彰となります。ここから、5年ごとに「表彰」があるのかな。上の写真、赤のルビーが15年議員の永年表彰の記念品です。

上の写真が、永年20年表彰のバッチ、青スピネールという石だそうです。

次に、25年表彰です、白ジルコンという石だそうです。

そして、30年表彰へ、上の写真で、黄色でサファイヤだそうです、この石日は、名前は、広く知られる石ですね。

上の写真が、35年永年表彰、緑・エメロードという石だそうです。

下の写真が、現在、正式な会議などの時に、襟元につけています、紫・アメジスト、40年表彰の記念バッチです。

今、44年目に入りました、全国議長会としては、45年永年が「最後の表彰ということだ」そうです・・・さて、さて、これから、どうでしょうかね、、、