福井県敦賀市から訴えられた事件は

★津山圏域東部衛生処理組合(旧勝北町=現在津山市、奈義町、勝央町で構成)のゴミ焼却残渣の処分を、キンキクリン㈱に依頼して、敦賀市内の処分場に捨てた、そして、キンキクリンが倒産、福井県と敦賀市が「安全対策工事」を行い、その費用を「東部組合」に求めるという資源ですが、2月4日と5日に、現地に行ってきました、写真報告です。

★福井地方裁判所の正面玄関です、事件番号などは、平成26年(ワ)第303号 事務管理費用償還請求事件となっています。どっしりと思い建物、貫録でしょうか。樋口英明裁判長の下に開廷されました。

★翌日の5日、敦賀市議会を訪問、森下事務局長からご挨拶をいただきまして、わたしも、訪問のお礼を述べました。

★左側の議員は、敦賀市の日本共産党・山本きよこ議員です。

市敦賀市 市民生活部 環境・廃棄物対策課の田辺課長から色んな資料と説明をしてもらい増した。吉岡課長補佐さんなども参加してくれました。

敦賀市役所の玄関で、山本議員とともに、間違いなく敦賀市に視察に来ましたよ、の証かなと笑いながらの一枚でした。キンキクリーンの埋立地をみにいきました、すごく大きいのにびっくり、本当に、すごい量のごみが埋められたんだな、と、実感です。

★処分場の真ん中あたりでしょうか、鍵がかけられ、鎖が貼られていましたが、鍵を開けてもらい上まで行きました。

ほぼ一番上ですが、もう少し高いところがありますが、雪があり、登坂がスリップして登れませんでした。

ガス抜きの装置が幾つか表面に出ていました。この下に、津山東部組合のゴミの焼却残渣・灰を含めて、大量のゴミが今でもあるんですね。

現地には行ってみるべし、見てみるべしですね、色んな資料もいただきましたから、ゆっくりと勉強させてもらいまして、時に触れて、ご報告しますね。

 

 

 

 

 

2015年1月23日~24日は

★23日(金)は、第5回「市議会報告会」→西苫田公民館

★24日(土)は、午前中が「国民救援会美作支部」総会で、午後と夜は、津山ネット・人権連の「税申告問題学習会」へと連続した取り組みでした、その様子を、写真特集として書き込んでおきます。まず、市議会報告会からです。

初めて西苫田公民館に行きまして、玄関で1枚写真撮ってもらいました。

★市民の人が17人参加してくれまして、机の並び、受け付け、などの会場準備を含めて、議会事務局職員を含めて、議員の手作りとして行います。司会とあいさつが。森岡総務文教委員会委員長、田口議員が、問題提起者、その他、受付とか駐車場案内とか、私は、記録係りでした。

★問題提起した直後、サン歌手の中から、「もっとたくさんの参加者を期待した、何で、こんなに少ないのす、もっと、参加者を増やす工夫が必要、町内会の役員はどうなっているのか」などなど、何人かの参加者が問いかけてきました。それなりに、議会としての考えを述べて、議会報告の内容へと話は進みました。

★いろんな意見が出まして、かなり、和やかにはなしあいが行えたと思いますが、一部、あまりにもひどい「日本共産党への偏見の意見」にもぶつかりまして、やや、げきろんにちかい「やり取り」もありまして、議員報酬は、むかしは、「無料奉仕、そうしたらよい」などの意見…若い人たちが、政治に関心を寄せ、市議会議員にでも出たいという「ムード」をどう作るか、、など、市民の率直な意見も聞けました。

◎◎1月24日(土)の出来事は…◎◎

午前中は、国民救援会美作支部の学習会と総会でした。

★石川副会長の司会で始まりましたが、カメラのレンズが「曇っていた」ために、きれいな写真になりませんでした、水滴曇りです。倉地支部長が開会の辞をのべました。

★谷岡党地区委員長の来賓あいさつ、下の写真は、県の救援会の竹花事務局長のあいさつでした。

参加者は、40人足らず、久しぶりに国民救援会としてはたくさんの人が参加でした。

★報告は、倉敷民商「不当弾圧」事件でした。逮捕、拘留された、須増事務局員が特別報告者として、倉敷民商事件の概要と、逮捕、拘留されていた実態について報告、生々しい話に、皆びっくりでした。

独房と言われる「部屋の見取り図」なども、黒板に書きましての説明、拘留される時は、「真っ裸(生まれたままの姿)」にされて、検査されるそうです。壱日中、座っていなくては「しかられる」という話、横になってもいけないそうです。びっくりの話の連続でした。

自県の概要は、まさに「でっちあげ・不当」という内容のお話しでした。

★この後、国民救援会美作支部恒例の、手作りによる「昼食会」でした、豆ごはんに、おでんに、サラダ、漬物さまざま、果物、沢山の食べ物でした…。写真撮れませんでした。

◎◎食事を終えて、文化センターへ、津山ネットの主催する「税申告相談に関する学習会」が、蒜と寄ると、二回行われました。

上の写真は、受付風景ですが、蒜と夜は、少しだけ、受付担当者に変化がありました。

参加者は、蒜と夜とで、合計150人くらいでした、参加してもらうべき人が、全員ではなくて、補講の日程も必要になりました。

★最初が、私の訴えです。①昨年の総選挙後の国政の動き、②二期目を迎えた宮地市政の課題、と、市議会の動き、③津山駅周辺整備事業と国道53号拡幅工事にともなう、「さくら会館」「中央会館」の移転や解体の報告と、これからの「さくら会館の事務所」の在り方などの訴えでした。

★西山さくら会館理事長から、今年度の税申告の「あり方」を、先日、中四国税務局から直接指導を受けたないようにより報告、消費税が4月から8%へ、・・・これが、一番「複雑な申告」となる要因です、1月から3月までと4月から12月までと、明確に区分した申告指導です。。。そして、来年度以降の、相談業務についても「あり方」を報告しました。

 

 

2015年1月14日大平新衆議院議員が来津

1月14日、二宮の地区事務所で「大平衆議院議員」のあいさつ集会でした。視界が美見みち子市委員長でした。

★12月に行われた衆議院選挙、中国ブロックから、大平よしのぶさんが当選、全国的に21人となった日本共産党の衆議院議員、午後6時から7時までのわずかな時間でしたが、国会報告1号というところでしょうか…。

★中西孝後援会会長のあいさつから始まりました。

衆議院の委員会は、科学文部省を管轄する委員会に所属したそうです。まだ、本会議は開催されていませんが、委員会は、開会したところもあるとかでした。

★大きくなった日本共産党衆議院、国会が1月26日に召集されるとかで、まず最初のしごとが「政党助成金廃止法案」の提出をすることが決まったとの報告から挨拶が始まりました。

★文部科学委員会のことですが、ご案内のように「政府自民党は時代の流れに逆行する40人学級へ」と述べていましたが、11日に、世論に押されて、財務省に要求することを断念する、と、発表させました。。。大きくなった党の主張が生きてきましたとの報告です。

太平さん「おめでとう」と子供さんから花束の贈呈でした。

★上と下の写真は、市民の要望を聞いたり、質問に応じたり≪しばし≫の懇談会でした。

★津山の議員団と、市議選予定候補に決定している美見みち子さんと中西後援会長揃い組の写真、ツーショットの写真などです。

12月議会最終日を追っ掛けて行く報告です

★12月定例会の最終日、普段と大きく違った「進行課題」→全員協議会で、市議会議員倫理規定に基づく、所定の手続きを経た「審査会」の設置と審査委員のメンバー発表と、第1回の「審査会」開催。議員提案の「調査特別委員会」の論議、←などがありました。

★12月24日に、領家地区ごみ処理施設建設の再考を求める住民の会が原告になって争っていました、住民訴訟の判決があり、「不当判決」(ただ単に敗訴したからではなくて、判決の内容が、あまりにも、お粗末、出鱈目すぎると言う事です)がだされ、これに関係する、記者会見・弁護士を迎えての報告会。原告団会議・住民の会総会など、目まぐるしく動いた1日の報告です。

記者会見の様子、このまえに「原告団の打ち合わせ会」がありました。もちろん、記者会見の内容の相談、資料などや文章作りを昨夜して、当日に確認という作業が加わります。

★記者会見を終えて、少し休憩でしたが、本会議の討論原稿の手直しなどです。

下の二枚の写真は、全員協議会で、松本議員から、私=末永の本会議質問に関係して、当局の答弁はまちがっていね、との意見、9月議会報告会から続いている、旧勝北町の「優良農地」を巡る経過説明でしたから、「本会議の答弁などの生理は、本会議ですべきではないか、全員協議会の席での整理は、よくない」との旨を意見として述べた様子です。

★全員協議会が終わって、昼休みです、中々、ゆっくりとはできません、全員協議会での「論議」をもとにしまして、特別委員会設置の提案に対する、「賛成討論原稿づくり」です、特に、松本議員が主知要する、農協委員会の答弁が間違っているのか同化を、特別委員会で「審査したい」との特別委員会づくりですから、松本議員の「名誉を守る」(松本議員自らの発言言葉)ためにも、白黒つけるべきで、その特別委員会づくりに、反対は出来まい…などに力点を置いた原稿に手直し作業です。

★午後1時ジャスト、本会議の始まりです、山田議員の「特別委員会設置の提案理由の説明」からです。議案会(議員が所定の手続きを経て、議案を本会議に提案すること)の案件が出ましたら、全ての議事に優先して、本会議で、まず、最初に扱わなくてはいけません、と、言う事で、開会冒頭の最初の議事です。

★提案されました議案会に対して、まず、松本議員が「反対」と胡乱です。これも、討論の順番がありまして、議案に対する討論は、まず、反対意見からとされています。。作る必要はないとの理由を述べられましたが、最後の方で「私怨によりつくられる特別委員会」と言う意味のことを言いましたが、私が、誰に対する私怨でつくる・・・とは、?、少々「意味不明」の箇所でした、賛成討論の中で、「私怨などではありません」と、解説はしましたが・・。

 

★議案会とし提案、反対討論、賛成討論が出そろいまして、採択ですが、下の写真、採択の様子ですが、提案(特別委員会の設置)に賛成者が、12人でした。提案者の山田・河本・久永・津本憲の各議員、そして、私=末永、村田・黒見・秋久・森西・西野・木下・安東の各議員だったと思います、間違っていましたら、ごめんなさい、修正します。

新星会議など賛成しても良いのにとは思いましたが反対でしたね、公明党議員団、津山新生会議の会派の議員、そして、新風会の会派が主に反対と言う事でした。

抗して、特別の本会議日程が終わりまして、通常のいいんかいほうこく・反対討論、下の写真でした。

★本会議が終了したのが、三時前だったんでしょうか、その後、一息入れまして、議員倫理規定に基づく「調査会」でした、私を会長に、山田議員を副会長に選出して、具体的な「調査事項・内容・次回回開催日」などを決めて終了、秘密会です。

午後四時半に、帰宅して、地域の人を車に乗せて、裁判報告会へ、手作り食事会と住民の会(原告団)の話し合い、30人を超える人たちが参加してくれまして、午後8時前解散、日曜版の配達の準備などして帰宅という1日でした。

調査会は、元々が「秘密会」ですから、写真などはありませんが、「裁判報告会」なども、カメラを忘れまして、残念ですが、写真なしです。

 

 

 

2014年12月議会一般質問の報告

★総選挙と完全に「かぶさった日程」の中ですが、16日(金)午後2時過ぎから質問戦でした。質問は、①東部衛生組合のあり方について、②農業委員会のあり方と公共事業と言う質問通告を提出でした。以下、当日の様子を、写真を中心としておとどけします、実は、かなりの量の画面を14日に作成していたのですが、何処かを間違えてしまい、全部消えました、つらいことですが、もう一度つくりかえでお届けします。
★福井県敦賀市に訴えられた「津山東部衛生組合」です、損害賠償金額1億9千万円です・・この問題についての質問
★旧勝北町の「優良農地」が、生コンの材料になると言わる、砕石「骨材」の粉のようなものが埋められている問題、9月議会で取り上げましたが、市政報告で、オンブズマンさんが「嘘ばぁーしつもんととる」と述べ、M議員が「議員は何を言うても良いが、当局の答弁が間違っている、副市長に確認したら、にとどしないと、おわびをした、と、いわれた課題、いったい、何が真実化を問いただしました。そして、基地対策でつくっている「広戸池のため池」が、底が90センチ、横が30センチのコンクリ―づくり、まるで要塞であると基地対策事業のありかたも質問しました。
★勝北との合併時期に、どんな引継ぎをしたのか、圏域組合の「資源循環施設組合」では、ゴミを焼くことだけで、特別に引継ぎはしていないと言う事でしたが。
→自治体としての合併時、引継ぎは無かったが、東部組合の構成自治体としては、裁判など引き受けていく以外にない。自治体が自治体によって「訴えられる」と言う事は非常に残念に思う。

★宮地市長につづいて、大下副市長が、「一般論として、答弁協議で徹底していると説明をした、陳謝したきおくはない」との答弁でした。

つづいて、地域振興・植月部長がが、「広戸池は、必要とする面積を確保のために、貯水槽方式のため池とした」など答弁でした。


★登壇での質問で、オンブズマンが、「農業委員会を本会議に読んで、答弁などしたか、あんなのが許されるのか、(末永)あれは、出来レース、なんで、許されるのか、と、10月の市政報告会に参加して、論議をしていますから、其れについての質問もしました。
そして、農業委員会・坂手事務局長が「農業委員会が把握している事実を答弁した。本会議に出たのは、地方自治法Ⅰ21条の規定で出席した、など答弁でした




登壇の質問が終わった時間です、関連質問をしていましたから、その時間も併せて、8分も使っていたというのは、少し、長く使いすぎかなでした。


副市長へ再質問からです、一問一答で質問、ここでの副市長とのやりとりは、4回の再質問の数でした。

★答弁の在り方について、相手が議員さんでしたから、多少、あいまいな対応があったのではありませんか。との再質問からです。


※大下副市長は「一般論をお話しただけで、内容が歪曲されて伝わっており、ひじ用に残念」との旨答弁でした。そして、次には、植月地域振興部長とのやり取りに入りますが、9回のやり取りでした。

★追加工事について、当初予算の範囲とは、予定通りの追加をして、元々の予定であったと言う事ですか。


この後は、契約管理室長(財政部長兼務)の山本さんに「工事の在り方、生コンの在り方」を質問です、四回の質問をしています。
★上が、「一つの現場は、一つの生コンを打つのが基本ではないのか」との旨を質問しました。
下は、それに対して、山本契約官室長が、「品質の管理など規定通りであれば、底と横壁が違っても、特に問題はない、との旨答弁でした。
そして、業委員会・坂手事務局長に、オンブズマンが「中央会館」での市政報告会で、「末永は嘘バーいうとんよ」と、述べて、「嘘」として解説した課題の主なものを「一問一答」でききました、11回の質問をしました。
再質問①→ 次に農業委員会事務局長にお聞きしますが、オンブズマンのSさんは「市政報告会」で、あそこは、「許可が出ている。それを知らないからおかしい質問だ」とか述べ、M議員は「答弁も間違っている」という意味のことを述べていますが「何が許可された」土地なんですか。
質問①へ答弁→ 市議会9月定例会の後の調査により、平成7年に、岡山県知事より、農地法第3条の規定による、耕作目的の所有権移転許可が出されていることが判明いたしました。岡山県に対し、間違いがないかどうかを確認したところ、間違いない、ということでありました。あわせて、当地に対して、その他の許可の履歴はない、ことも確認いたしました。


再質問②→ 平成7年に登記名義の移転をしている土地ですか。現状が「農地として使用できる状態ではない」ということで「農地への復旧」を指導しているという事ですか。
再質問②へ答弁→ 農地として使用できる状態でないということで、岡山県が農地への復旧を指導していたようでございます。


再質問③→ オンブズマンは、農地に「変なものを捨てていた」と言うが、前の地権者が捨てていたもので、今の地権者Kさんは知らないこと。関係ないことと言われていますが、知らないで済むことですか。
再質問③へ答弁→ 農地法第3条の規定における許可は、その取得後においてすべての農地を耕作の用に供すことが前提とされておりますので、農地の状況を知らずに許可申請を出すことはないのが一般的でございます。

再質問 ④→普通、農地を購入する。権利を移行する「3条申請」をする場合、「変なものが埋まっていた」としたら、どうなりますか。
再質問④へ答弁→ 耕作目的の取得であるため、耕作が出来る状況にして、農地として適正に管理し、耕作の用に供しなければなりません。

再質問⑤→ 閲覧の手続きを取って、津山市農業委員会の11月定例会の会議録を見せてもらいましたが、現地を見てきたことなどが報告・話し合われていますが、見てきた結果、どうなりましたか。わかりやすく答えてください。
再質問⑤へ答弁→ 当農業委員会の調査では、現状では果樹園としての農地改良は完了していないとの見解でございます。

再質問⑥→ 農業委員会の中で、杉宮の件は、4.5㌶の農地を「転用許可なくして、果樹園にするとして、土砂を積み上げている」と論議されていますが、これは、どんな内容のことなんですか。
再質問⑥へ答弁→ たとえ農地改良ではありましても、一定規模以上の工事を行う場合は、一時転用の許可を受ける必要があるということでございます。


農地事務局再質問⑦→ 私が、現地の周辺を見たときには、果樹園どころか、果樹は、一本も見つけることができませんでした。果樹が一本もないのに、果樹園にするとはどんなことをしてもらう指導をする気なんですか。
再質問⑦へ答弁→果樹園として使用するということであれば、当地全体に果樹を植栽し、肥培管理を施して、営農を開始するよう指導すべき案件でございます。

再質問⑧→ 私が、現地を見た感じでは、石ころ多しの「土砂」を積み上げており、ところどころは、明らかに「セメント」と同じように、固い土地になっているが、あんなので、果樹ができると思いますか。
再質問⑧へ答弁→ 果樹園として使用するにあたっては、必要に応じて表土の入れ替えや客土、有機物等の散布や混合を施し、土質を改善することで、農地として使用可能になると思われます。

再質問⑨→ セメントの材料になる骨材の粉のようなもの、石ころなどを撒いて、農地になるんですか。地権者への指導は、どうなっていますか。
再質問⑨へ答弁→ 岡山県から、農地改良を行うにあたり、段階的に改良を進めるような指導がなされているようでございます。



再質問⑩→ オンブズマンの言い分ですと、かつて、地権者は、苗を植えて、農業委員会がバスで「見に来て」から、「それでよいがな」と言われた土地だと説明していますが、そんなことがありましたか。
再質問⑩へ答弁→ 苗を植えてから当農業委員会がバスで見に行ったことはありません。

再質問⑪→ 苗を購入して、領収書も添付して。見てもらったという意見もありますが、そんなことがありますか。
再質問⑪ 答弁→ 領収書等について、当農業委員会では見ておりません。
未整理画面です。

※農業委員会への質問は、とりあえず、ここまでとして、環境事業所・友末所長に対して、環境保全という立場から「優良農地にすてられている産廃」と思われる問題について質問、7回の質問になりました。



農地 環境・産廃 再質問 ①→環境事業所所長にお聞きしますが、私は、そこに埋められている「産廃」と思えますが、埋められたものの解決の責任は、前の地権者か、購入した地権者か、どちらですか。
農地・環境 答弁①→ 廃棄物が不法に埋め立てられた場合は、一義的には廃棄物の投棄者の責任になります。したがいまして、前の地権者が廃棄物を不法に埋め立てた場合は、前の地権者の責任になります。ただし、廃棄物から環境汚染が生じた場合は、現地権者に土地所有者として汚染対策の責任が生じます。

農地 環境・産廃 再質問 ②→現地に、埋められているものは、何だと思いますか。私は、市道から見ましたが、石の粉のようなものがコンクリ―状に固まったものとか、大きな石とか、どう見ても「産廃」としか見えませんが、当局は、どう把握していますか。
農地・環境 答弁②→ 廃棄物として不法に処理されたものであれば、産業廃棄物に該当しますが、県の見解としては、地権者が農地整備のため有効利用を図るのが目的であると主張していることから、現時点では廃棄物の不法処理として扱うことはできないと伺っています。

農地 環境 産廃 ③ →私が、現地を見た時に、「新たな産廃」らしきものを捨てているという感じがしましたが、どうなっているか、許可をしましたか。
★農地 環境 答弁③ → 廃棄物の不法処理ではなく、農用地として有効利用することが目的であるならば、廃棄物処理法に定める許可等の規制の対象にはなりません。

農地 環境・産廃 再質問 ④→環境保全という立場での現地調査、実態調査、そして、産廃の捨て場としての許認可などの指導が必要とは思いませんか。
農地・環境 答弁④→ 産業廃棄物に係る指導権限は県の所管事項であるので、市が判断する立場に無いことをご理解ください。

農地 環境・再質問 ⑤→骨材の粉、石ころなどを捨てており、農地を改良しているなど、とても思えません。現状は、農業委員会の答弁もありましたが、県や国は別として、津山市としては、どう思っていますか。何を埋めていると把握していますか。
農地・環境 答弁⑤→ 廃棄物該当性の判断基準としては、環境省の通知及び最高裁の判例により、物の性状、排出の状況、通常の取扱い形態、取引価値の有無及び占有者の意思などの複数の項目に基づいて総合的に勘案して廃棄物か否かを判断することとされております。近年ではリサイクルを推進する観点から、一般的に廃棄物と思われる場合であっても裁判で廃棄物と認められなかった事例もあります。 したがいまして、ご指摘の農地に埋められたものは、採石を破砕機に掛けた際に発生する石の粉を凝固したものであると県からは伺っていますが、廃棄物か否かの認定については入念な調査に基づき慎重に判断すべきであると考えます。

農地 環境 再質問 ⑥→産廃の問題として、県に聞いたという経過は、市として、産廃だと認識して聞いたと思ってもよろしいか。
農地・環境 答弁⑥→市としては産業廃棄物としての疑いがあるのではないかと認識したため、県に確認をいたしました。

農地 環境 再質問 ⑦→私が、嘘ばあー言うて質問したと、市民の前で公式に指摘されたなんです。私も、根性入れて調査し質問しています。いい加減な答弁は止めてください。
農地・環境 答弁⑦→ 議員のおっしゃられることが虚偽であるとは決して思っておりません。先ほど答弁したとおり、農地整備のため有効利用を図る場合は廃棄物の不法処理として扱うことはできないとの回答であり、市としましても、不要物を埋め立てているのか、あるいは、有効利用しているのか判然としない状況のため、産業廃棄物該当性の判断が困難であるということをご理解ください。
ということで、これも、しばらくおきまして、宮地市長へ、敦賀からの訴訟の提起について再質問をはじめました。まず、市長と三回のやり取りでした。
敦賀再質問①→勝北町との合併時に、どんな引継ぎをしたのか。と、問いかけましたが、特別なことはしていないというか、何にも「なかった」ということでしたが・・・
※宮地市長は、「特に引き継ぎはないが、合併後に「東部組合の内部」では話題になっている。との旨答弁でした。

★こんなやり取りをして、坂手総務部長に「引き継ぎのない事項は、何にも責任もない、ほっとけばよろしいと思うが…。と、質問です。総務部長とは、二階のやり取りでした。
これをうけて、「自治体としては、裁判など、継承していかざるを得ない」とのを、坂手総務部長がしました。
★引継ぎはしなくても良いが、裁判で1億9千万円の責任を追及されれば、うけるというのは、おかしなことです、・・・単純に「ゴミを新クリーンセンターで焼けるようになったら、解散のるのでなくて、裁判を受ける、清算事業団のような機構をつくる必要がある、、との、提案もしました。
★ここからは、敦賀問題というか、津山東部衛生組合問題で、現在、東部組合の事務局へ参加している、友末環境事業所長へ、7回の質問をしています。
※私の質問をきいている、友末環境事業所長、と、その席の前が、忠政こども保険部長、和田教育部長ら、です。
敦賀市は、「東部組合」へ、ごみの搬入お断り、と連絡をしています、そして、搬入条件として「セメント固形化」をすることを求めていますが、当時の様子を聞きまして、暴力団からみといわれる「近畿クリン㈱」との契約の経過なども質問します。
★この角度からの「発言を求める風景」はめずらしいのかな、向こうは、吉田議員の横顔ですが、どんなことを思って皆質問を聞いてくれているのかなです・・。
質問に立ち上がる瞬間かな、タイミングの問題、カメラ目線は、前の席の近藤議員にバッチリと合わさっています・・めずらしい名カメラマンの写真です。
★当時の、敦賀の新聞記事を紹介、近畿クリンは、暴力団から身の会社、東部組合は、それを知って「契約の瞬間だけ管理者が変わりましたか、やばい話だといわれていますが」など質問です。
※東部組合が当時「焼却灰」など、不適切処分とされて、焼却残さを運び出す必要が生じて、敦賀市の民間会社「キンキクリーンセンター株」と契約をしたいきさつの答弁からでした。

上、敦賀市からセメント固形化搬入を言われたが、どうか、
下は、そうです、東部組合はセメント固形化して搬入と 答弁。
ここで、残り時間が13分を表示です、
※新聞などを読んではいますが、当時の細かい様子は、わからない、噂では、いろいろと聞いている。キンキクリンを通じての、ごみの搬入には、組合と敦賀市に行き違いがあったと想定される、など答弁でした。
そして、宮地市長へ、三度、質問をします。
★契約の時だけ、何故、勝央町の町長が、組合の管理者になったのか、キンキクリンを紹介したのは、勝北のMさん、お礼をいわなくては、などの話があったとか。。と質問
※管理者が変わった理由が、仮に、言われているようなことなら、怒りを感じる、Mさんのことは、裁判にもなって、資料は見たが、そのようなことがあったようで、仔細は、これから検討したい、など答弁でした。

★私流にいう「残り7分・市長とのやり取りの始まり。今回は、10分間の残り時間と言う事です。

広戸池の工事の在り方・基地対の事業の在り方はから質問、12回程度立ったり、座ったりのやり取りでした。

市長へ質問① → 市長にお聞きしますが、広戸池の現状を見たことがありますか。

市長①へ答弁 → 事業決定前には2、3度現地に行き、現状確認をしておりますが、工事に入ってからは現状確認に行っておりません。


市長へ 質問②→「あんなのが、ため池と言えるのか」というかんじですよ・・基地対策事業の在り方や議会選出の議員の在り方、公共事業とのかかわりあい、すべてが「自分たちの事業という」感覚の在り方など、相対的に、これからの基地周辺整備事業の在り方には、改善が必要と思いませんか。

市長②へ答弁→ 改めて、この基地周辺整備事業についての目的、適用範囲の確認などを行い、改善が必要なものについては地域の方にもご理解をいただきながら、取組んでまいりたいと考えております。

旧勝北町の「優良農地」問題は


農地市長へ①→旧勝北町の「農地転用問題」ですが、あれは、産業活動から出る「残滓」だと思います、「産業廃棄物」です」それを、埋め立てをしている、その産業活動とは、セメントの材料になって行くものです。そして、そのセメントが、津山市の公共事業に使用できる、と、市長が公認書をわたす・・・農地転用と言う点では、石ころや、セメントのようなものを「捨てながら、土壌改良だ」とうそぶく、さらに、指導責任は、県か、市か、が、行政間で争われる、自分たちが、嘘をついているのに、議員・私が嘘をついている、当局の答弁も嘘をついている、と、広く市民の前で公然と、吹聴する、そんなことで、不法埋め立てと思える問題が、すむ課題でしょうか、市長として、どう解決されますかお聞きします。

農業へ市長答弁①→ 私も、一度、現地を見てみたいと思いますが、公共事業に使用する製品をつくる業者が、仮にいわれているように「産業廃棄物を無断ですてている」としますと、重大なことです、産廃かどうかと言う事を含めて、県にもはっきりと物申していきたいと思います。また、行政の関係者が、嘘の情報を公然と流されるということは、断じて許されるものではありません。そのような事実があるとすれば、正していただき、真実を伝えていただきたいと考えております。また前回も異物という表現で、私は中途半端な表現は使わずに産業廃棄物があるということはもうはっきりとすると、こういうふうに断じていきたいと思います。ただ県が何を考えとんのか、色んな意見があるようですね。私は現地へ行ってみて、これは産廃だと思ったら私が県がどう言おうが産廃だと、こういうことを言おうと思っております。

 


敦賀市長へ①→話は、少し、違った方向へ行きますが、平成10年頃に、問題のキンキと東部組合とを「M」さんの存在、私が、調査した範囲では、色んな契約行為、売買行為などで、仲介人の法的な責任がとわれるというケースが、重要事項説明の欠如と言う点で、最高裁判所などでも判例として出されていますが、どう思われますか。

敦賀①へ市長答弁→ 今回、議員から指摘されている仲介と言うものが、直接、最高裁の判例に合致するかどうかは、専門家との話合いも必要だと考えており、研究してみたいと思っております。

敦賀市長へ② →敦賀市と東部組合との契約行為という点では、暴力団絡みの会社とか、キンキが許可された「埋め立て量」の範囲と、東部組合の受け入れ量容認量とか、の重要事項の説明などされていない契約、と思われますが、どう思いますか。

 

 

敦賀②へ市長答弁→ 敦賀市への持ち出し問題については、結果的に東部組合の一般廃棄物が法令に適合しない施設に持ち込まれることとなったこととなったわけですが、訴訟の進行と併せて、東部組合とキンキクリーンとがこうした契約を締結することとなった当時の事実関係を詳しく調査する必要があると思います。

敦賀市長へ③→それらの実態を明らかにして、検討して、できる可能性をみいだす「価値観」はあるとおもいますが、どうですか。

敦賀③へ市長答弁→ 現段階で法的責任の追及が可能かどうかを明言することはできませんが、仮に今回の訴訟の結果、公金の支出が発生するようなことになれば、契約締結のいきさつや部外を含めた関係者にどのような具体的関与があったかなどを踏まえて、必要があれば法的措置を講じることもありうると考えております。

7千万円のサービスは、契約への導入口か?

 


敦賀市長へ④→敦賀市は、平成10年6月19日付けで「東部組合」からの搬入は受け入れられない、との、旨を東部組合管理者植月和男にしています。そして、7月21日になっても、自分の地域で処理するのが原則、とか、持ち込むとしたら、「セメント固形化」して搬入するようにといわれた時期もあったようです。敦賀市に「断られても」、暴力団絡みのキンキと契約が必要であったのか、管理者まで変わってですから、疑問でなりません、現在の焼却灰の持ち出しが、1億円と少々、桑山さんが領家と約束したから生じた「焼却灰の持ち出し費用が1億5千万円」とのことですが、この東部組合は、平成10年度だけで億円もかかっていますが、すごい量のゴミを一度に運び出しています、それ以外に、3千㌧、お金にして、7千万円ですか、サービス受け入れしてくれていますが、まさに、この「無料のサービスは、甘い汁での契約・不法埋め立てへの導入線」と思いませんか、疑問だらけのキンキクリンとの契約です、市長は、どう思われますか。

 

敦賀④へ市長答弁→資料を確認いたしましたが、6月19日付けで敦賀市から焼却灰が固化処理されていないことなどを理由として受入を断られたことに対して、7月13日付けで組合がキンキクリーンに廃棄物のセメント固化の業務委託をしたことを理由として再度搬入処分の依頼を行ったと認識しております。 そして、その組合の再度の依頼に対して、7月21日付けで敦賀市から「清掃業務は市町村の固有事務であり、また自区内処理が原則であることを充分認識の上対処願いたい。なお、蛍光管等の処理については民間廃棄物最終処分場への廃棄物には混入されないよう十分監視願います」という回答があったと認識しております。


政治家のあるべき姿は、政治倫理へ

市長へ ①→今まで、質問してきたことを「相対的にまとめて」市長の見解をお聞きしますが、敦賀の暴力団がらみの会社・キンキクリンを紹介したMさん、その当時は、議員さんではありませんが、その後、勝北の町議から津山市議へとなられ、今、問題の「東部衛生組合議会の議長」です、この点からも、仲介人としての責任を求められるとおもいませんか。

 

市長答弁→ 敦賀市のキンキクリーンに業務委託をした時、ご指摘の方が、どのように関与されていたのか、関わっていたのか、私には分かりません。しかし、その当時の経過を知っておられるのであれば、市民のみなさんをはじめ圏域住民のみなさんへ、きちんとした説明、状況報告と、それにあわせて、私がこの部分で関与した、逆にしてないのであれば、関与を真っ向から否定する、そのような説明が必要ではないかと思っております。

 

 

市長へ②→政治の世界は、不思議です、数の論理とよく言われますが、どんな立場に立っておってね、数があれば当選し、数があれば議長にも慣れる、それは、過去の「経歴」とか「何をしているか」とは、ある意味別の次元としてなりたつ「政治学」なんですが、私は、どうあっても、議員という立場、ましてや、議長という立場に立てば、責任論は、成り立つし、責任をとってもらう、本人は受けてもらう必要があると思っていますが、市長、このあたりは、どう思いますか。

 

 

市長答弁→ 市民から選ばれた議員に、不信を招くことが言われているのであれば、理路整然とした説明が求められていると考えています。

市長へ③→法律の問題ではなく、倫理上の課題でしょうか、広くは、政治学の課題、長谷生コンの使用許可にして、しかり、です。企業の営利をえる行為の「代表者」ではなく、そうした、行政と、業者間の「正当なとりひき」を監視する立場、これが政治家の役割でないと困るし、いけない。

市長答弁→議員ご指摘のとおり、議会を構成する議員は行政をしっかり監視する立場も一つの役割であると思います。また、行政と一緒になり、公平、透明な事業推進、最少の経費で最大の効果を生むような事業推進を図っていただくことが当然の責務であると考えております。

市長へ質問→人は、自分のやったことに、責任を持たなくてはいけない、

市長答弁 それぞれ自らの言動には責任を持たなければならない、当然のことであると思います。

※残り2分、もう少し質問時間がほしいなの思いで、

◎議長、28番と挙手

◎川端議長  28番 末永弘之議員 と発言の許可です。


※ 基地対策事業の在り方と基地対策協など地元の関係、そして、長谷生コンの関係する「優良農地」の在り方、これに関しての農業委員会あり方、さらに、敦賀市に訴えられた、東部組合の訴訟と一組とか合併時点での事務引継ぎの課題など、お聞きしましたが、いずれもすっきりとしません、これらは、議会の「常任委員会」で言いますと、幾つかの常任委員会にかかわる課題であり、一つの委員会で『深く調査』したい、と思いましても、無理です、本会議だけでは、問題の入り口程度の調査とならざるを得ません。その点では、議会に「調査特別委員会」設置を要望することを求めるかなとも思いますが、これからの審査などを考えますと、来年の四月は「市議会改選」です、、さらに、今議会での、これからの委員会の様子とか、議会みんなの意向とか、改選直前と言う時期もみて、最終日までに、みんなの足並みがそろうようだと、正式に、特別委員会設置の手続きをするかな、と、だけ、問題提起して終わるかな。迷いの「最後」の質問・発言・意見ですが、

◎このあたりだったと思いますが、

※質問時間の終了をしらせるブザーです、絶妙のタイミングの写真ありがとう、沢山の写真撮影ありがとう、質問の様子、答弁の雰囲気、表情も「生きた写真」です名カメラマンへのお礼も書いておきます。

最終日に、期待する心を残して、質問を終わります。

★まぁー、ジャスト・30分でしょう・・・多分、60回前後の質問というか、立ったり座ったりです、1分に1つの質問ということになりますか、答弁は、何分でも自由というから、おかしなことだと思いますが、、、議会なんですから、議員の方に自由がないといけませんと思いますが…、決まりは決まりです。

 

12月2日衆議院選挙公示でした

★2日は、安倍内閣の「暴走解散」の結果、総選挙・衆議院選挙が、14日までの日程で始まりました。日本共産党から岡山三区で立候補したのは、古松国昭さんでした、選挙初日、津山で第一声、その様子をお届けします。

上の写真は市役所前の写真です、ここから下が、第一声の「津山駅前」の準備からの様子です。

午前10時、津山駅前で第一声、まず準備で車の上絵です。駅前駐車場広場の方面からの写真です。

上下は、国道53号の方面からの写真です。

末永の司会役で第一声の始まりでした。

谷岡委員長・私=末永、本人・古松・津山市後援会 中西会長

まず、日本共産党美作東備地区 谷岡委員長の挨拶から…

日本共産党津山市後援会 中西会長のあいさつ

本共産党津山市議団 団長としての訴え、津山駅周辺に賑わいを住民の会事務局長としての訴えもしました。

マスコミも多く来てくれまして、今回は、国道側からと津山駅側からと、二つの方向からの写真撮りとなりました、いわば、前からも後ろからもでした。

★下の写真は、お昼じかん、津山市市役所前の訴えです。

市役所前から、野介代~川崎~河辺へ、そして、ジャスコ入口へ、下の写真です。

ここから加茂路へはいります。冷え込み、時折、雪花が舞っていまして、寒い、阿波まで行きました。

加茂の駅前の様子です。

このあと、雪花の舞う阿波まで、そして、勝北地域から、そして、暗くなって「和気路」へ送り届けました。初日の奮闘ぶりです。何としても、中国ブロックでの議席確保へ、選挙区からも声を大きくしての訴えが続く、古松国昭候補奮戦の記です。

津山圏域資源循環施設組合議会報告

★11月7日(金)は、津山圏域資源循環施設組合11月定例議会でした。決算が中心の審査でしたが、決算質問・一般質問併せて、質問者は、私一人でした、以下、質問の様子をお知らせします。正式な会議録でなく、質問原稿とかメモとかを頼りに作成したものであることをご理解ください・・・と、思って準備しましたが、なんと、原稿をコピーとして「つまんで」、このブログの画面に挿入を試みましたが、表示されません・・・トホホホホ・・です。質問と答弁を要約して、写真の上下に挿入予定で画面作り、原稿作りしたのですが…。

※本会議中の写真撮影は、全員協議会の席で「議長と各議員」にお願いして、事務局職員のMさんに写してもらいました、沢山の写真と色んな角度や、瞬間瞬間の写真ありがとうでした、と、お礼申しておきます。

平成25年度「決算」について、工事の遅れ問題・住民訴訟が12月24日判決の予定ですから「裁判対策」などを質問です。そして、福井県敦賀市が「津山東部衛生組合」をあいてに1億9千万円の支払いを求める裁判の提起ですから、なぜそんなことになったのかを質問しました。

★下、答弁に立つ宮地管理者(津山市長)です。福井県敦賀市から「東部衛生組合」が訴えられたが、新しいクリーンセンターへの影響は、との、問いかけから始まりました。

★東部衛生組合を解散して、管理している財産とか裁判などは各自治体に戻して、ゴミを焼くということだけが新しい資源組合に関係するもので、裁判は関係することはない、との旨答弁。

管理者答弁を聞く、当局席の様子です。下は、答弁をする大下副管理者です。訴状な届いたか、の問いに、まだ届いていないので細かいことは不明との答弁。

上が答弁をする上田事務局長(クリーンセンター所長)で、工事総額は約16億6千万円で、との答弁。下は、工期は延長したが、来年12月稼働には間に合います。との答弁に立つ河島事務局次長(クリーンセンター次長です)※ここまでが、登壇しての質問と答弁でした。

再質問に入りますが、ここから「一問一答」でおこないます、短い質問の時は、1分で3つ~4つは質問が連続します。

★一問一答の最初の課題は、「敦賀裁判問題」です、東部衛生組合の管理者をしています、花房副管理者(奈義町町長)に、事の成り行き・経過などを聞きます。この一問一答は、ここに紹介したいですが、質問と答弁を作成した文章のコピーで移動できません。別途、特別にホームページで紹介する予定です。ここは、写真と少しの解説のみを紹介しておきます。

★末永議員の期待にそえるかどうかは不明ですが、真摯に答弁します、との旨をのべて答弁でした。

花房副管理者というよりは、東部衛生組合の管理者という感じで、何故、どんな経過で「キンキクリーン(株)」契約をしたのか、など聞きます。

キンキクリーンは「暴力団が関係した会社と言われるが、それを承知して契約したのか」と問いかけます。

上の写真・・「平成10年契約をした当時は知らなかったが、今日の事態となって色々と調べてマスコミなどにそのように指摘されていることを知った。」

下の写真、続いて聞きますが、Mさんの紹介があったといわれるが本当か。

★契約の直前までは、奈義町が管理者でした、私(花房)は収入役でしたが、契約の時期は、勝央町が管理者となっており、私は規約により収入役を降りたので、仔細はわからない、との答弁でした。

★こんなやり取りが、花房副管理者と10回程度行われたのでしょうか、その後は、宮地管理者との「最後のやりとり・一問一答の質疑」へ継続していきますが、裁判の問題、工事工期の遅れなどが一問一答で行われていきます。

下の写真は、平井事務局次長、汚染された土壌の「安全化対策」についての質問に、熊本大学の環境学者の指導で、きめ細かい調査をして、市民の不安を取り除く努力をした、との旨答弁です。

そして、下の写真は、甲田事務局次長(クリン次長)の答弁の様子です。購入した土地は、安全だとして前管理者・地権者の(株)エナから購入したが、安全でなかった、瑕疵があった、安全化の工事代金は、先任者らからもらうべき、とのといかけに、瑕疵担保責任の条文について、その取扱いは、慎重にしたい、との旨答弁でした。

それぞれの人に2~3の一問一答による「課題追及」です。

★質問時間は30分です。残り12分くらいで、宮地管理者との「一問一答」が最後まで続きます。

上の写真・再質問からは宮地管理者も自席から答弁します。暴力団がらみの「キンキクリーン(株)」との契約問題、M氏の関わり合い、どうおもうか、との質問に、「事実なら、いかんなこと、キンキクリーンは責任をもってもらうべきだ、など答弁。

事務引継ぎはしていない、ということで、裁判がおわるまで「東部衛生組合は存続してもらう必要あり」の質問には、「ごみを焼くことは、新しい資源組合が引き受けなくてはいけない」との旨答弁でした。

上の写真・西野議長を議長席の後ろから1枚写しています。

★「ゴミを焼くことは、新しい資源組合で焼くとしても、裁判対策などの為に関係する市町で「清算事業団」のようなものを作って、裁判に対応する必要がある、各自治体に別々に移行するのは不便。。。との問題提起をして、この件での質問はおわりました。

★最後までに、再質問・一問一答は21回質問したそうです。登壇が8分程度でしたから、22分で21回、平均「一問が1分」ということになりますか。そして、最後は、少し時間オーバーして「決算についての反対討論」でジエンド・質問時間は、30分ジャストだったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

赤旗まつりその3・2日目の夕方から3日目へです

★バタバタしていまして、中々思うように作成ができません、後、資源組合の本会議の様子も「作成したい」とも思っていまして、どうなるかなです。

志位委員長が、八代さんに花束を渡して、「お礼のことば」・・・退場しかけたら、八代さんが「印象に残ることば・・」をのべました、「委員長さん、委員長さん、大変な世の中です、世の中を変えるために、頑張ってください、本当に、頑張ってくださいよ…」と述べられました・・

どこをどのように歩いたのか不明、食べ物を購入したり、多少の「お土産」を買ったり、重いものを送ったり、しながら、あちこちあるきまして、「第五福竜丸」の保存会館に入りました。これも、初めて実物を見ました。上と下の二枚が福竜丸保存館の中の写真です。

上の写真は、うす暗い中でしたが「若者の広場」に行ってみました。あちこち歩きまして、食料品や「作品・土産」など買い込みまして、疲れて、タクシーでホテルへ帰りました。

★三日目は、早めの参加、ボランティア要員のみなさんが新木場駅からのご案内でしたから、御願いして写真に入ってもらいました。

三日目もたくさんの人が、朝早くから参加されていました。この日は、三万人と言う事になるのでしょうか…

縦線後援会のコーナーを経て、東京都の広場に出ていきました、各区・地域ごとに、衆議院・区議・市議などの候補者を交えての「つどい・集まり・集会」をしていました。

上は、東京の「ある区」の区議会銀の決意の様子です。9人が立后という話だったと思えますが、、、

東京の広場を過ぎて、色んな地域講演会・出店、歩いてみました。

午前10時「うたごえ合唱団」の歌声でオープニング・ひさしぶりに「沖縄を返せ」などの労働化に接しました。

★3日目の司会は、落語家・立川団之助と前進座の俳優・妻倉和子さんでした、歌声を聴き、見ながら、野外ステージの周りにありました、各県のテントなどを回りましたが、偶然にも、穀田国対委員長とあいまして、挨拶かたがた写真を写させてもらいました。

★下の写真は、中国・四国のテント前、四国の佐々岡さん、前回の衆議院市区子ブロック候補、その前は、土地山田知用の議員、「本音シンポ」のじょうれんでした、「末永さん・・・」と声をかけられ、岡山の候補者であった石村さんも参加しまして、写真に納まってもらいました。春名さんにも会いまして、佐々岡さんと石村さんは「候補者交代」と言う事でした。

左から佐々岡・石村・私ら夫婦・春名さんです。

下の写真は、舞台ではじまった、原発再稼働ストップ・原発ゼロの実現を目指しての討論集会の様子です。

笠井参議院議員を司会に、首都圏反原発連合の越後芳さん、反原発かごしまネットの向原祥隆さん、福島県会議員の神山悦子さんでした。

討論が終わって、舞台と会場から、コールのれんぞくでした「原発やめろ」「再稼働反対」「川内再稼働許さない」「安倍は止めよ」など、ラッパと太鼓と笛の音色、軽快なリズムに乗っての大コールです。首相官邸前金曜日行動、おなじみのアッシさん、そして、吉良よし子参議院議員、「安倍は厳罰止めよ、辞められないなら首相をやめよ」のこーるです。金用語高度は、笠井さんと吉良さんが「皆勤賞」だそうです、、、すごい大コール、吉良さんは、若い、飛び跳ねてのコール指導でした。

舞台は、民謡歌手の原田直之さんの「新相馬節」などの民謡でした。私たちの参加もここまで、新幹線の時間に合わせて、それでも、まだ、見ていない箇所の見学もあって、歩きはじめました。

★色々と時間を気にしながら歩きまして、市田さんとばったり、京都左京区で娘夫婦がお世話になっています、市田さんの娘さん、お孫さんたちと、私の娘夫婦も、ともだち・・・写真を撮らせてもらいました。

この後の写真が、何故か、ここに持ち込むことができません、写真が大きすぎて、アップロードできないと表示されます、おかしなことで、金出地カメラで、特別に変なことをしたものでもありません、同じように写したのですが、、、ダメなものは、ダメですね、、と、言う事で、「赤旗まつり」の写真はここまです。やっと、最後まで作成ができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤旗まつり」その2・2日目からの報告

★昨日の記事で、第41回「赤旗まつり」の初日の様子と、2日目の「幕明け・開会」までを写真集としてお届けしました。今日は、その継続からです。2日目の幕明けは、きたがわてつさんの歌声・舞台からでした。

司会は俳優の能登剛さんと有馬理恵さんでした

★上の写真3枚・私らは、舞台に向かって、やや、右側の前の方・右隅に陣取ったと思っていましたら、午前10時前くらいから、人・人・人です、いつの間にか、真ん中の右寄りに座っているという位置になってしまいました、周囲に人の輪が広がりました、周囲というよりは、右側と後ろに人がびっしりとなりました。。。ひろい会場、全体の入場者が8万人とかで、このステージには、何人の人が寄ってきたのでしょうか、・・・・5万や6万はおりましたか、真ん中の席となりトイレに行くのも一苦労・・午前中が2時間と少々、午後が同じく2時間と少々、座っていましたから、少しは良かったですが、それでも、足腰はビンビンと張り続けでした。

ここから下の写真・モリタクさん&小池さんのアベノリスク対談「超貧困と戦争の日本」なんかにしない!の様子です。

この人は、「手話通訳の人」です、お疲れさんですね。

モリタクさんの軽快な「経済論」には脱帽です、「小池さん、鼠費税は、10%に挙げる菜ではなくて、下げろですよ、5%に戻せ、そして、消費税はなくせですよ…」との指摘には、小池副委員長も、「そうですよね・・・」と相づちをうつ以外になさそうでした。おもしろい対談、こんなのをテレビで放映してほしいですね、、

上の写真は、次の演目・浪曲師の国本武春さんの「ザ・中心蔵 吉良低討ち入り」などでした。名前は聞いたことがありましたが、初めて実物の「お話」を聞きました、近代的な「浪花節」でした・・・。

国本さんが終わって、昼食休憩へ…全国物産展・食事の広場・東京の広場・南物産展・大書籍市などをブラブラしまして、野外ステージへ帰りました。ぎっしりの人、私らの席は、完全に「真ん中あたり」で、確保していた場所へ行くのも一苦労でした。

上の写真・午後のはじまりは、サクソフォン演奏者 中川美穂さんの舞台からでした。少し遅れて参加でした。

★当日参加した人の中で、来年の一斉地方選挙の候補者紹介・次期衆議院各ブロックの立候補予定者の紹介がありました、中国ブロックは、石村さんが党中央勤務へ、太平さん、ヒロシマの若い人が紹介されました、びっくりでした、そして、佐々木憲昭さんも勇退…まだ、若いと思いましたが…。

★写真下・志位委員長の記念講演「この党を大きくすることに日本の未来がかかっている」と題する話、これもすごい迫力ある訴え、大きな歓声に包まれました。

下は手話通訳の人です。

外ステージにあふれる人、人でした。そして、大型スクリーンに映し出される参加者の様子は、驚きの数でした。

志位委員長の訴えが終わりますと、有馬理恵さんが「飛び出してきて」という感じの司会、次の舞台・八代亜紀さん専属の司会役を紹介でした。

失礼ですが、名前の紹介がありましたが、記憶悪しで、忘れました・・しかし、この人は、忘れていませんですよ…。

 

第41回赤旗まつり11月1日~3日へ

★2014年11月1日(土)~3日(月→文化の日)に東京夢の島で第41回赤旗まつり(4年ふりに行う)に参加しました。しようと併せて生まれて初めての参加でしたが、さすがですね、多少、疲れましたが、役に立ちました、元気ももらいました、以下、写真を中心にしてお知らせします。

初日はあいにくの大雨、それでも4万人の人が参加だったとかです、翌日の「赤旗」で詳しく知りました。中央の「野外ステージ」についたのは午後になってから、すでに、開会式などは終了していました。

上の写真、すでに「二期会・マイスタージンガー」の歌も始まっていました、後ろに小さく映っている女性4人・男性4人のグループでした。本来二期会はたくさんのメンバーがおられると聞いていますが、代表が8人でした。

上と下の写真・壱日目の司会は、能登剛さんと大山秋さんでした。

ここから下が初日のメーン企画の山下芳生書記局長とドイツ文学者・池田香代子さんの「政治も社会も変えられる」アクティブ★トークのようすです。雨の中ですが、沢山の人が聞き入っていました。

★大型画面が、本物のすぐ後ろに映し出されますから、目が、つい、大型画面に行きますが、画面の下は、本物の様子です。

★今、自衛隊員の人・家族の人が「日本共産党に注目・期待がある…元々、若い人や家族は、自衛隊は、災害救援支援などをしたいとの願いで入隊、就職したという認識、其れがも知らない間に、海外で鉄砲を持つようになる、人を殺さなくてはいけなくなる…そんなつもりではない」と言う事ですなど、突っ込んだトークの末に、池田さんは、山下書記局長に「普賢岳の質問の時に、最初に、消防団の人・自衛隊の人、お疲れさんとかご苦労さんとかの言葉を言うてほしかった、度量の大きさを今見せる時、答弁絶った大臣が、消防と自衛隊の活動を述べていたが、、、あれば、残念、せっかく、災害救助の件を質問したのだから、すごく、残念な気がした・・・」と、てきびしい批判、・・・山下さんもタジタジという感ありでした。

上の写真は「手話通訳」の人ですが、2~3人が交代で務めていました、大変な仕事ですね。

続いて、沖縄民謡歌手・古謝美佐子さんの「力強い沖縄の詩」でした。4人の「太鼓タタキ」の人ともに、すごい迫力でした。

このころは、雨が少し小ぶりになったり、止んだりでした。

お墓の中からの響き渡るボリーム感ある声・身体もボリーム感あり、この身体からいっぱいの声は、周辺を圧倒でした。腹からの声は、心にしみますね。

古謝さんの歌声の終わりころには、また、雨でした。ここからは、降ったりやんだりでした。

★11月2日「赤旗まつり」初日は、雨で大変、そして、数時間立ちぱっなしは足腰に応えました。南側の物産展を眺めたり、第書籍市を歩いたりはしましたが、本当に、あいにくの雨の中で、お店などは、十分に見えませんでした。

★下の写真は、2日目、「ゆうかり口」入り口付近の様子です。

上の写真、二日目の最初のステージは、シンガーソングライター・きたがわてつさんの歌声からでした。写真は、開会前のリハーサルしている風景です、開会前に来まして、陣取り、昨日ホームセンターに行きまして「椅子」を購入しまして、舞台に向かって右側、それでも、端の方かなと思える場所に確保でした。既にたくさんの「陣取り」が各講演会からの多数参加地域でしょうか、ブルーシートで広くとっているところもありました。

スタッフの皆さんには頭が下がります、雨上がり、土を入れて「水たまり」の整備でした、赤旗によりますと、1万数千人のボランティアスタッフとかで、駅からの道案内から、トイレの世話、「水が出ませんから、汚れたらすぐ言うてください、掃除します・・」の声には驚き、そして、ゴミの分別収集の世話、トイレもごみ収集も全体では、数えきれない箇所に、数です、道案内も四方八方、全ての道という道と、催しもの会場の案内、頭が座下ります。

三日目の朝・新木場駅の案内のスタッフと一緒に写してもらいました。この駅が主要駅ですが、20人前後のスタッフ、会場の入り口までは、数10人はおられたでしょうか。下の写真は、ゴミの収集場所です。

★2日目の朝の様子に帰ります、陣取りをして、少し会場を歩いてみました、すごい人たちが続々と参加、雨も上がりまして、ホットでした。

★2日目のステージの開幕です、司会は、俳優の能登剛さんと、津山の「本音シンポ」の最終回に「釈迦内棺歌」で来てもらいました、俳優座の有馬理恵さんでした、元気に跳ね回っていました…。