作成者別アーカイブ: 末永 弘之

1月7日(火)さくらブロック会議の日

★昨日は、午後三時過ぎまで雨でした、冷たい雨、特に午後は、とても冷えました、今朝も、冷えています、おおきな霜は無くて、車のウインドーもし見てはいない感じです。雨にはならないと思いますが、一日どうかな。

★今日は、日本共産党津山市委員会の「さくらブロック」会議です、中間地方選挙、津山周辺の自治体の市町選挙が幾つかあります。

選挙の日程・※赤磐市が3月16日~23日の投開票、党から、鼻岡美保さん、杉野千秋(新)の二人です、永年 市議をされた福木さんが勇退で、新人との入れ替えです。

※鏡野町が、3月23日告示で30日が投票、藤田照子さん、現職が立候補、

※真庭市と※美作市が、4月8日~13日まで、真庭市は、伊賀基之さんが現職で立候補、美作市は、本城宏道さんが、再び立候補の決意、私よりも何歳か年上、作東町の町議、合併して美作市の市議、野経過です、元職ということになりますが、津山と同じ「なかなか後継者」が決意してくれないという感じ、高齢でも頑張れです、本城さんは、元気はとても元気ですから・・・そして。

※美咲町が、4月8日から、13日まで、藤井ともえさんが現職です。

★一連の市町の選挙への支部子度、個人ごとの支援の輪を大きくして以降です、そして、全国の注文選挙が、北九州市と、東京都議会議員選挙です。そして、7月が参議院選挙、やや、落ち目の日本共産党、もっと、大きく強くしてほしい、全員の当選に力を貸してほしい、党へ入って、党として頑張ってほしいの願いです。

水平社百年の歩みとはいえ、書けない時代もいくつか、その典型が、これらのでき事でしょう・・・

「確認会」の評価をめぐって、当時の県委員会で論議となり、県連合会の美作地区担当のオルグ責任者のT氏が「津山の確認会はなってない、あれは何なら・・・・、あれでは同盟がなめられる・・・・」という意味の発言を県委員会の席で述べたところから事件が始まりました。
そもそもの事の起こりは、この確認会の県委員会の席でした。
津山市協議会幹部の怒り
★T氏が「津山市協議会はなっとならない、あんな運動をしていたら行政に舐められる、確認会とは何か、モット勉強する必要がある、津山市協議会は日和見主義におちている」との旨を発言したのが事の発端です


★T氏の日頃の指導や行いを「偽共の親分」と評価して、快く思っていなかった津山市協議会の三役は「もう一辺言うてみんさい、あんたも当日参加し、休憩中にも指導をし、まとめをしたのはあんたじぁがな、自分が指導しておって何を言うておるのか、津山を馬鹿にするんか」と猛反発でした。


ためしに当時の書記長は、非党員で軍隊あがり「八鹿高校裁判」の時に、ゼッケンをつけて傍聴に望む解放同盟員を「何をつけて入っとっんなら」と一括し、さすがの丸尾集団も、ゼッケンをはずして傍聴に望ませたというエピソードの持ち主です。
この人が、鶴の一声、「T、何なら、津山と喧嘩をするんじあーな。やっちゃるけん、言うてみんさい、あんたが共産党か、何かしらんが、津山がうけてたっちゃるけん、・・・・・」でした。

 

T氏は、この事件が起こる数年前までは、日本共産党公認の○○町会議員を4期ほど務め、勇退、後輩に身をゆずり、自分は補助金まるかがえの「解放同盟岡山県連合会の専従」となり、レッキとした日本共産党員で、津山を含めての専従オルグでした。
★もちろん、T氏は「反省したり、いい直しをしたり」するタイプでは絶対になかった、「よぉー、諸君」といって、ポーズを取りながら「解放会館」によく現れていました。そして、津山市協議会の非党員幹部に対して「反共」とのレッテルを押しており、細かいことは忘れたが、県連合会と津山市協議会が険悪な状態となり、津山市協議会で何回か「役員会」が行われし、県連に抗議、T氏の処分などを求める方法が示唆され、事態は一層複雑に展開することとなった。もちろん一連の会議には支部長として私も参加していた。市議会議員になりたての頃かと思う。27歳か28歳、もの珍しいだけが取り得の頃です


★この後、何回か、党の会議や話し合いももたれたと思いますが、「津山市協議会の確認会を直接指導して、途中の休憩中も指導した」という経過と、その後津山市協議会の会議での指導は「一言もなかった」のに突然と、県連の会議で津山を批判するという「やり方」への反省が求められたと思います。

★無様なことです、この記事は、私が、思い出の記として、域から、20年程度前に書きなぐった思い出の記「末永弘之、私の半世紀の記録」から抜粋したものです。事件そのものは、55年も前に起こった出来事ですから、70年史へ刻んでおくべき事だったかもしれませんね、、こんな話は、恥ずかしくて、そして、あくまで、内部問題であり、外に出すことではなかった…と、ぉもいます。

2025年1月6日(月)仕事始めですが・・・

★正月三が日は、冷たさ、寒さが、少し和らいでいましたが、4日(土)の午後から、また、とても冷たい空気になり、冷え込んできました、まだまだ、これから寒くな仮名、知人、親戚に、インフルエンザになったという便りも時折入ってきます、お互いですが、気をつけましょう。

今朝は、小雨、夜明けも遅い感じ、まだ、うす暗い中、ゴミ出しと、赤旗日刊紙と散歩と、・・・という営みの朝でした。

「仕事始め」と言われます、いわゆる「九連休」という職場の皆さんが、今日からということかなと思います、公務員は皆、今日からですね。当然、津山市役所も今日からです、議会事務局へは、ご挨拶も含めて、お邪魔するかなと思ったりしています。ただ、仕事の内容によっては、正月休みもなく、ましてや、9連休など「縁もなく」働くという職場も多くありますから、「仕事始め」という言い方は、すっきりとはしないかんじですが・・・何がともあれ、本年もよろしくお願いします。

横山のゴミ最終処分場埋め立て地へ太陽光建設問題は、宮地市長の時代に一度撤回した、谷口市長2期目に再浮上

昨年9月ころから話題になっています「横山地域のゴミ最終処分場埋め立て地」へ、太陽光建設を市が公募して建設するという課題について、本会議でも質問してきましたが、9月議会の頃から、しきりに「谷口市長の責任ではない、宮地市長時代から検討しており、引き継いだものだ」という話がしきりに飛んでいます。いい訳かなと思ったりしまして、12月議会゛て下記のような質問しましたが、少し、違った経過がハッキリとしてきた感じです

埋め立て地112討論1

写真は、最終処分場に「ゴミ焼却灰を捨てている」イラストと、12月定例議会での私の登壇における質問の写真です。以下は、見出しに関係する本会議での質疑概要の紹介です。正確には、市議会本会議中継録画をご覧ください。

末永→宮地市長の時代から太陽光建設をする、ということが言われ、それを継続していだけと言われますが、前市長の時代に、どんな論議あり、どうなったかの結果を答弁ください。

答弁→宮地市長の時代に太陽光発電の導入を地元の皆様に提案しましたが、平成30年の地元との会議で提案を撤回しています。

末永→検討はしたが、一度「断念」した、撤回した、ここまでが、前市長・宮地市長時代の出来事で、「谷口市長」になって再度地元に提案した、という経過だと理解してもよろしいか。

答弁→令和5年に地元の会議体において、再度の提案を行っております。

★(注)→令和5年と言えば、谷口市長にとっては、2期目に入っています、そして、4月末に、市議会議員選挙がありまして、わたしが「急遽立候補」して、何んとか当選させてもらった年でもあります。すなわち、平成30年は2018年から、令和5年は2023年まで、「5ケ年間の空白」があります、こんなのを「継続している」と言えるのかなと思いますが・・

上記の質問・答弁に続いての本会議のやりとりです

末永⇒現市長としては、いわば「新しく提案のし直しをした」ということに理解し、前市長の時代に「地元は断念」し、行政内部で何が起こって、再発して、地元に持ち込みましたか、明確にして下さい。

答弁⇒ 脱炭素社会の実現に向けた国の動きや、再生可能エネルギーをめぐる制度変更などもあり、令和5年に開催された地元の会議で、太陽光発電設備の導入を地元の皆様に提案いたしました。

末永⇒それは、いわば、職員の側が言い出し、再検討となったのか、それとも、市長側というか、上層部からの指示で再検討することになったのか、

答弁⇒ 脱炭素社会の実現に向けた国の動きや、再生可能エネルギーをめぐる制度変更などもあり、再検討したものです。

★(注)これを読まれた方、どう思われますか、真面な答弁だと思いますか、職員が再提案したのか、市長ら幹部からか、あるいは、第三者からの提案かと、聞いているのですが、答弁にならずですね、、この後も、何回か横谷真野埋め立て地と太陽光建設問題は質疑が続きます、が、今日は、「前市長・宮地さんからの継続・引継ぎではない、」という事実のみを明確にしておきたいということで終わりますね。

1月4日(土)もう、4日になるんですね・・・

★アッという間に4日です、年末から、昨日まで、子どもたちや孫たちで、総勢12人の大所帯、にぎやかな正月でしたが、昨日の午後から、それぞれ帰っていきまして、元の静かな暮らしになりました。頭の中も、ゃれやれと少し落ち着いたかなという朝ですが、あれや、これやと、本当に、アッという間です、気が付きますと、もう、4日なんですね。

★今日は、午後から、町内会の総会です、そのあと、水利組合の相談も少しありまして、午後は、それでいっぱいの日かなです。

★1日と、2日と、3日と、やや似たような朝の天気具合でした、おおきな霜もなく、冷たい、寒いですが、とても冷たいということではなくて、まぁー、冬ですから、という感じで、朝は、欲晴れていまして、初日は、日の出を観たくて、朝の7時を過ぎての散歩でしたが、今日も、ですが、6時30分から7時ころまでの散歩ですから、太陽がの掘る前の東の空を見ながら歩きます。

昨日の新年3日目の朝焼けの東の空、太陽が昇る前です

三日1

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市議会報告「ごきげんいかが」の作成はじめ

★末永弘之のしぎかいほうこく「しんぶん赤旗」と一緒にお届けします、の新年作り始めです、号数とかで言いますと、1月1日付のごきげん」を作成しまして、新年のあいさつなどは記載しましたが、作ったのは、昨年の12月末、しかも、24日頃には印刷していましたから…

★正式には、昨年、古い年に新年号のさくせい」ということでしたから、今年に何っての名実ともに作り始め」は、今日からです。日曜版場、12日号となりますから、9日の「赤旗日刊紙」から配布が始まります。従いまして、2度目になりますが、新年の挨拶からという作成です。

二面は、途中になっています、12月定例市議会に置ける、本会議での質疑の様子を描くかなの思い、横山のゴミ最終処分場埋め立て地について、そこに、谷口市長が「太陽光建設を公募方式によって建設してもらう」という代物です。

★市としては、作ってもらうのではなくて、「跡地を有効利用してもらう」というスタンスとは思いますが、あそこに埋められている医療廃棄物」をはじめとする産業廃棄物の数々を知る人は、?、大丈夫かなと思える埋め立て地」と言えますから、其の問題を質問しましてのお知らせということになります。

★ひとつの課題は、宮地市長時代からの懸案事項という言い草ですが、本会議でのやり取りを、やや省略してごきげんの紹介」とする予定です。よろしかったら、あかはた日曜版をご後続ください、1か月990円です

2025年1月2日(木)少し寂しい思い

★今朝は、新聞の御休みの日です、散歩だけ、寒い、冷えますが、霧も、霜もなくです、暖かい1日になってほしいのね家政、新年2日目です。

★いろんな人から、それぞれの地域の「初日の出」の映像が送られてきます、その中で、毎年紹介しています、倉敷の友、から送られる初日です。

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★こんな挨拶文と一緒に送られます。

謹賀新年        
星尋山荘の初日の出 1月1日午前77時17分35秒
 気温は1度。無風。霜降の風景。星尋山荘からの帰路は、民話の立石憲利おじさん(日本民話の会会長)宅へ。
 みそ雑煮は、新庄村のヒメノモチ3個入り~o(^-^)o
昨年暮れに、人生初の出版(新日本出版社から)体験でしたが、立石おじさんは「米寿までに300冊が目標。あと11冊か」とのこと。近著『噓をつくと尻に松が生える』を頂きました。あと一息とか~

★今年は、何故か、今年の年賀あいさつで、もう、終わりにしたいという言葉を書いた賀状が、何枚かありました、これが、表題に書きました「少し寂しい思い」という心です。

年賀

★お互いに年なんですよね、、、と言います、我が家も、今年は、少し「訳あり」で、書くのを遠慮するかという話にもなりまして、皆同じような思いがあるんですよね、、、、いろいろです。

異常な物価高、郵便切手、ハガキが昨年10月1日(火)から日本の郵便料金が大幅に値上げされることとなりました。 25グラム以下の定形郵便が現在の84円から110円に、また、はがきも63円から85円へと値上がりします​ 。 この値上げは、電子メールやSNSの普及により郵便物の需要が減少していることが背景にあります​。

これで、年賀状を購入する「元気がなくなる」という人に昨年末に出会いまして、そうかと妙に納得したものです。別の人は、?、でしたが、良く良くなるほど」と思わされました。それは、「政府に対するせめてもの抵抗」という言葉から始まりまして、いろいろと聞きますと、「物価高は異常、無茶に高くなっている、政府は、手を打たない、個の郵便切手などの値上げも、結局は、政府の無策が原因、せめてもの抵抗の恣意を表して、年化とかハガキとか、郵便物は、つんわない」という説明でした、そうですよね‥‥

 

★ここまで、力説されますと、うん、わかりました、と、言う以外にはなかったですね、、最近の「物価高」本当に、何んとかなりませんか、困った世の中です。

2025年(令和7年)1月1日(水)新年です

新しい年になりました、新年明けましておめでとうございます、昨年一年間お世話になりました。本年もよろしくお願いします。

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お世話になっています人が、毎年12月末に、来年の「干支」の置物を持ってきてくれます、十二支をそろえようとしています、ありがとうございます、立つの置物を頂きました。

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★新年も朝の散歩です、朝日が昇る頃を見計らって家を出まして、いつものコース、東の空の変化と、初日の出の様子です。

7時35分頃、朝の散歩、歩き始めて5分程度かな…

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7時40分頃、あまり寒くない朝でした、霧もなく、霜も降りていませんでしたね

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少し歩いて7時50分頃かな

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下の様子、7時55分頃太陽が昇り切りました。ここから私の事務所に行きまして、赤8日刊紙をポストに入れて、我が家のを持ち帰ります、それが朝の日課です、新年もおんなじ行動、初日を観たいの思いで、少し、時間を「遅らせて」我が家を出ましたのが、違いくらいです。

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暮れの驚いたお話、知らない世界ですね、、驚きでした、が、若い人たちは、それが普通なんだ

子供や孫たちが帰ってきまして、夕食懇親す会を「知人の焼肉屋」さんで行いましたが、その時の様子、ワイワイがやがや、大笑いの連続は、普通の社会ですが、孫や親せきの子らが「スマホ」でしきりに話し合っていまして、其の様子を眺めていまして、私らの時代は電話」での話ですが、便利になったのかな・・・と感心していました。

★こちらの食べているものとか、食べて居る様子などを動画にとって、家族へ送信、其のうちに、海外・オーストラリアの「いとこメイ孫」と、皆が話し合いが始まり、私にも、ジイジ、これって、○○なの・・・と動画を見せてくれまして、話もしました…、まさに、オーストラリア「いとこメイ孫」です、いとこの子供の内で女の子、すなわち「娘」の事を「従姪」と表記して「じゅうてつ」或いは「いとこめい」と呼んでいます。または「従姉妹違」と漢字で書いて「いとこちがい」と読む場合もあります。

★驚いたのは、いとも簡単につながるんですね、、そして、最大のおどろきは「無料」ということです、。便利になったネットの世界、SNSの世界なんですね、、でも気を付けなくてはと思いますが・・

SNSをめぐる訴訟に昨年出会いまして、其の怖さを改めて知りました、本年は、気を付けなくてはですが、よろしくお願いします。

12月31日(火)2024年にさようならの日

★今日で、2024年(令和6年)が終わりまして、明日から新しい年です。新しいという言葉で、つい、なにかが「新しくなる」という感じになりますから、人間は、おかしなものです、決して、特別に良いこと」になったり、。今日から、明日へ、特別に新しいことが起こるわけでもありませんが・・

今朝はやや曇り気味、7時前の風景ですが、6時50分頃が上の写真です。

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下の写真が6時56分ころ、すぐ空が変化です

31日朝3

 

そして、少し「いつもと違う景色」が、北南へ移動したも、7時過ぎに、北南側が「朝やけの空」でした、?の感じ

31日朝2

★年が変わるという現象は、何となく人間を慎重というか、改まるというか、そんな気持ちにさせますよね、、最後の掃除をして、年越しそば食べて、新しさを期待して、寝るということですよね・・・明日の朝は、どんなあさなんでしょうかね、、

改まりましてのご挨拶です、皆さんには今年1年お世話になりました、来年も、よろしくお願いします。

★昨日、一昨日と、やや、日中は温かい火事でした、娘と孫がひとくみ帰りまして、庭の掃除、落ち葉などをきれいにしてくれまして、何とか、庭だけでも「新年が来たかな」という感じになりました。

朝は冷たい空気、冷え込みも強いです、-3度くらいかな…那岐山は雪景色が消えません、これから、段々と雪が多くなるのかもですが、里は、降りません、阿波から加茂付近までは、非ヨット降っているのかもしれませんが、多子の地域などは降りませんね、、、若いころは、ショウガ筒までに2度や3度は積もっていたという記憶がありますが、個の近年は「積もる幸」は、一冬で1階か2回程度になりましたね・・

奈義6奈義8

★上の写真は、私の地域から、北東方面を眺めた那岐山の景色です、そして、下の写真2枚は、奈義町で撮ったものです、奈義町は28日の土曜日に所用で奈義に行きましてついでに撮りまして、私の地域の写真は、29日の日曜日の夕方に撮った景色です。

奈義1奈義2

いい年は来ない感じですね、参議院とまた衆議院の同時選挙とはこれ以下にですが、石破さん「やるかな」です

自公政権、少数【与党】と言われる政治になりました、新しい動きですが、国民民主などが「手助け政党」として存在です、・・・しかし、よさんが「否決」されるかも、・・・予算が否決なら、可決される国会を作らないとダメ・・・・これは、とうぜんのことですよね、、、ですから、石破さんは「解散」をほめかした・・・やるかもですよね。

★この「脅しに屈して、予算がとおる」というのが、日本の政治の「過去の流れ」です、私の記憶では、2度、完全に自民党・公明党が「政権の座から感じがありました、が、社会党の村山さんの時は、自民党と組んだ「政権」がうまれたの゛はなかったかな。。。変な政権で、変なせいじでした・・・

色んな政党の組み合わせの政権は経験済み、でも、良くならなかったのも経験済みなんですよ

★そして、もう一回は、今の立憲と国民とが一つだった時期、民主党でしたか、野党として政権をとりました・・・・しかし、2回とも、期待した政治」は生まれ見せんでした、今回の「少数与党」とか「連合政権」とか言われますが、結局は、大資本、日本をぎゅじっている人たちには、かてません・・・どうあがいてみても「結局り所、大資本とアメリカの言うがまま」の政治の流れを断ち切るという英断はしません、できません、これが、今までの歴史てす。

★政党自身が無くなり、また、名前を変えたりしましたから、一概ではありませんが、今、野党と言われる人たちの政党、色んな政党の組み合わせの内閣、政権は作ったことがあるんです、経験していますが、本当に、国民が求める政治は生まれなかった、良くならなかった、むしろ、コメの輸入自由化が始まり、消費税が作られ、率があげられの政治なんです、ある梨花べったり、大企業の言うがままのせいじなんですよ。。。

★思い切って、政治をかえるひつようがあり・・・とすれば、日本経佐々さん等を入れた「政権」の実が、未経験なんです、個の「可って経験したこと貸せない政治体制」を一度作ってみませんかです。。。実に、面白いと思いますよ。。。変わると思いますよ…それが、参議院選挙です、そして、ほんとうに「衆議院とダブル選挙か」と成れば、良い機会かもしれません、「日本共産党を加えた政権」を作ってみようではありませんか、…そう、おもいませんか・・・面白いと思うよ‥‥

2025年こそ、良い新年の初夢を見て、そして、初夢が「実現する」とという年にしたいものですね、、

12月30日(月)朝の東の空は

★今年も残り2日、寒い朝、太陽はまだ出ませんね、、午前7時の東の空です

30朝1

30朝2

30朝3

上から、7時、真ん中が6時56分、下が、6時50分頃かなという空の様子

12月29日(日)年末~年始へ「気まぐれ雑感」

★残り3日・少しだけ草木の上と車のウインドーに粉雪、降ったかどうかわからない程度ですがあります朝です。今日から、暦で言いますと、9連休ですが、お店、飲食業の皆さん方は、稼ぎ時期、正月もないという実態もあると思います。れじぁー関係の業界はどう何んでしょうか、普通は、土曜日曜の休日、祭日、連休などは忙しくなる業種と思いますが、年末から年始はどうなんでしょうかね、、、年始は、感じとしては、いそがしいかもですね・・

★一般的には、お休みが連続します、この「末永弘之の写真が中心のお便り、雑感」は、呉から新年にかけては、まさに、気まぐれに書き綴ります、開いていただき、書いていないときもあると思いますが、よろしくご理解くださいね。まず、明日は、休みますね、、

我が家の犬は「ころう」です

★厳密に言いますと、我が家と言えないと思いますが、息子の家、孫夫婦が買っています犬は、「ごろう」と言いますが、昔から、猫と比べて、犬は「利口だ」と言います、まさに、其の典型かもしれません、蒸すことか真子が帰りますと、車の音がするときから、クンクンと甘えた声出しています、

★私たち夫婦が帰っても、ソバを通っても、お尻のしっぽは降りますが、めったに、声はあげません、そして、知っている人が来ますと、すこしだけ「吠える感じで鳴きますますね・・・・市にない人、宅急便の人、郵便の人には、激しく泣いて、牙を出すときがありますから、「怖い」と言いまして、配達に困っています。

★私の家の玄関には、ごろうの前を通らないと到着しませんから、よほど犬の怖い人は、電話をしてきまして、犬が吠える、怖いので配達ができない」と言いますから、外に出で「ごろう」をなだめるか、小さい配達ものなら。外で受け取るかです・・

ころ2ごろ1

水平社100年記念誌編纂作業、国策樹立運動から、60年かな、?、今年で終わりました

美作水平社創立100年記念詩誌の編纂、年始もむ早々に事務会議で、編纂の「まとめ」が待っています。

1945年(昭和20年)の敗戦、農地改革と労働運動の発展、日本憲法の国民民主主義、基本的人権の確立など、大きな変革の時期、部落解放委員会として「水平社運動」が再開、部落解放要求国策樹立運動が昭和20年代の運動の中心に座ります。

下の写真は、全国徒歩行進隊、津山市内での様子です。1966年(昭和41年)8月です、額田雄二郎さんが市長、西日本徒歩行進隊が津山市に到着、津山から二人が合流して、東京へ徒歩行進隊として加わっていきます。この項は、70年の歩みに紹介されています。

国策

同和対策審議会の答申が出され、答申完全実施運動を経て、法が制定された後は、諸要求貫徹国民大運動と称して、地域からの要求の積み上げ方式で、津山市・岡山県・全国へと、大きな要求闘争が起こされます。

★そして、今年の2月です、豊かな・人つくり津山ネットワーク・市民協働団体による、市長・教育長との「最後の懇談会」でした。戦後、部落解放委員会として運動が再開され、国策で「部落差別をなくする法律をつくれ」と全国徒歩更新して訴えて、特別措置法が生まれ、諸要求貫国民運動へと発展し、要求貫徹闘争から、懇談会、話し合いへと変化発展した、運動の歴史、水平社百年の歴史刻み、戦後、七十年の国民運動の歴史、それに「終わり」を宣言しました、いろいろとお世話になりました、ご迷惑もおかけしましたということですね、、

最期の申し入れ1

★写真は、最後の申し入れ書を市長に手渡す、協働運動の中西会長です、下は、懇談会の様子です。

最期の申し入れ2

★この歴史は、記念史誌に「ほぼ収まる形で編纂」していますが、ページの都合で、少しは変化するかもです。この歴史ある行動が、実は、3年間の空白・しなかった年」があります、桑山博之市長の事態です、最初の年は、引継ぎということもあって、もう一つは、率直に言いまして、初めて公開する事実ですが、「桑山市長誕生の裏責任者」のような人を通じて、私と面談して、ほかの事の意見不一致は仕方ないが、この歴史ある対市交渉は、継続するように」と申し入れをひそかにして、了解を取っての始まりでしたが、2年目から、其の約束も保護にして、歴史に「空白・汚点」を残しました。

 

運動団体の責任者として、とても、腹の立つ、我慢ならない出来事でした、私の「責任・汚点」でもあります。今でも、残念無念、空白の3年間は、返ってきません…

12月27日(金)役所も「1年の仕事納め」の日

★今朝は、寒いです、今日で、お役所、津山市役所も年末・年始の「休日」に入ります、俗に9連休の年といわれていますが、新年号になっています、赤旗日曜版の配達に行きまして、お世話になったお礼と、来年もよろしくの御願いをして帰りました。役所関係は、明日までお仕事で、いわゆる「仕事納め」です。28日(土)から、9連休に入ると思います。

★9連休は珍しい出来事、この年末年始は、年末と正月三が日をはさんで112月28日の土曜日から、1月5日の日曜日まで最大9連休を見込めます、マスコミは「奇跡」と呼んでいるようですが、5年ぶりですね、、、、5年か6年目には、めぐってくる9連休の暦」のいたずらというべきではないかな・・

やはり太陽が昇るのは「早くなっていない」ようですね

★私の頭の中が「固定している」関係もあって、冬至が来たら、翌日から、太陽もだんだんと早くのぼるようになる、と、思い込んでいまして、それは「ちがっている」と最近知らサケまして、太陽が昇る時間が一番遅い日時は、すなわち、「日の出が最も遅くなる」のは冬至よりも後の時期で、ちょうどお正月の頃にあたります。その中間頃に当たる冬至が、昼間の長さが(日の出から日の入りまで)が最も短い日なのです。

★ある人が、今年の冬は、1月14日からが、太陽が昇る時間が早くなるよ、と、教えてくれました。

12月27日朝日1

★上と下の写真は、昨日、12月26日(木)の午前8時の私の地域(すえひろ亭・後援会事務所)から見た東の空です。太陽が少しのぼっています、7時前には、まだ、のぼっていませんでした、曇り空という感じでしたが…

12月27日朝日2

★これは、地球が太陽のまわりを回る面(公転面)に対して自転の軸が傾いていることや、太陽のまわりを回る軌道(公転軌道)が真円形でないことなどが理由です。なお、一年の中で日の入りが最も早い日や、一年の中で日の出が最も遅い日は、国内でも南北で差があります。

市長選挙、1年前の新年への話題

★年が明けますと、来年の2月が津山市長選挙ということになります、14が月前なんですよね、そんなこともあってか、ここ数日間、続けて、市長選挙の話題が入ってきます。やはり、三つ巴もえが「噂の中心」ですね。四つ巴の話は、あまりでませんね・・・ひょっとしたら、2つ巴になるのではないか、の声も聞こえてきましたね。だれと、誰か、現職は動かない、と、思っていましたら、妙なはなしがあるんですね、、

そんなことは、ありえない、とは、私が思うだけで、真剣に、もっともらしく話す人もありますね・・・それは、かなり「強力な新人」が立候補声明を発表したら、現職は、うかうかしておれないから、「他の政治の道を探る」とかのはなしです・・・そんなバカな話は無いとおもいますが・・・。いっすんさきは「闇」と言われる政治の世界です、どう動くか、お刈らないのは、わからないと思います・・・
★現在、公務員などの人が、立候補するとしますと、当然、現職では、選挙活動が出来ませんから、来年の3月には、退職する、いう話が「もっぱら」です。正月になり、3月末から、4月になって、噂が噂でなくて、「本物」になっていく、各陣営が「選挙態勢に入る」次期へ、賑やかになることなんでしょうね・・・・一人の傍観者という立場を貫いていくかなです。

いよいよ年の瀬です、総会の準備2つとお手伝い1つ

新年の4日が「町内会の総会」を予定しています。先週に、監査などをうけまして、会計の方が報告の準備ねされていますが、全体の記事振興、今年の活動報告と新年度の方針など、そして、役員体制などの準備は、会長の私に係るということです。準備をきっちりとしなくてはです。

★もう一つは、お寺さんの関係檀家総会、13日には「総恩講」という儀式というか、行事です、それに向けまして、お寺さんの費用を集めて、お参りの順番を最終的に相談して・・・・それなりにバタバタしますね、、檀家費用について、後、何人かが集まっていませんから、さて、どうするかですね、、更に、もう一つ、水利組合の課題、私は「顧問」という役柄、田んぼは、少ししかありませんが、今回、会力へ出ています理事の変更です、現在の人が好いと思いますが、辞任の意思が固く、後釜づくりの相談、おおむねの方向性は、本人を含めてできましたから、やれやれと一安心、その総会などをお手伝いというところです。地域のことも、中々忙しい年の瀬ということになります。

12月26日(木)日の出が、まだ遅くなる?

★今朝は、寒さが無い、冷たくない朝、暖かい訳でもないが…1日どうかなです。昨日は、1日遅れのクリスマス」でした、何年かぶりに、ワインで乾杯、少量のワインで顔が真っ赤になり、孫たちにジイジのかおが赤い」と珍しい景色を見るような感じではなしていましたね・・・こんな夜も、数年に一回ぐらいはあるんですよね・・・正月もまじか、孫たちが帰ってくる予定の正月、久しぶりに多数の家族の食事、味わえるかなです。

冬至が「基準」で、日の出が早くなるのではない‥‥

★私のこのブログ・雑感で、冬至の日に「太陽が段々は山あがる」と書きましたら、ある人が、「まだ、早くならない、1月の中頃からはやくなりはじめる」と教えてくれました。驚きでした、冬至で「明るいし甲斐がながくなる」と思い、日の出はだんだん早くなり、日の入りは、だんだん遅くなると思い込んでいました。

★例によりまして、インターネットで検索してみますと、

※問題1:1年のうちで日の出時刻が最も遅い日は?
⇒ ③の「冬至より後の日(2024年は1月7日)」となっていますから、1月8日から、少しは、日の出が早くなり始めるのではないかなと思います。 

※問題2:1年のうちで日の入時刻が最も早い日は?
⇒ ①の「冬至より前の日(2023年は12月6日)」ということのようですが、全体としては、1年前の月日ですから、今年は、1日か2日は、変化しているのではないでしょうか・・となります。

★先入観で冬至の日が最も日の出が遅く最も日の入が早い日と思っていましたが、そうではありません。なぜこのような現象になったかというと、地球の公転軌道(太陽の周りを回る軌道)が完全な円ではなく楕円だから、が理由です。どのような楕円なのか、といった数値のデータは探し当てることができませんでしたが、円運動の軌跡は三角関数で表すことができるので、冬至の日の出が最も遅く日の入りが最も早くなるはず。そうではないから楕円運動である、ということなのでしょうか。

朝3

写真は、12月の初めころの「朝焼け・日の出前」の様子です、私の居住地から真東を望んだ風景です。

★なお、東京の日の出日の入、日長は全て計算で求められます。東京のように建物が多いと正確な時刻が観測できないし、地平線に雲があれば晴天であっても正しく観測できないためです。地平線の設定など細かな定義は分かりませんが、そのため秒単位の時刻が公表されているサイトもあります。

年末になっても、法律の相談、裁判に関する相談2件です

★今日の午後と、明日の午前中に、別々の案件で、弁護士さんと依頼人と私とで相談事です。一つは全く新しいし世間で、結果としては、明和既存のようなものに発展するのかな、特定の行為により「日常生活を送るうえで、支障をきたしている」ということもあるようですから、その行為を「サイド目」するということもあるのかもしれません。

★明日の相談は、何回か紹介しています、ある福祉・介護施設の「給与未払い問題」です、来年の1月20日が「調停裁判」です。津山簡易裁判所に、相手が「調停の申し立て」なるものをしまして、本来3人なんですが、二人だけを「調停にかける」ということになっていまして、申し立て相手側(私に相談してきている人たち)としては「三人を対象にした調停のお願い」をしていますが、「やくいんだから」という理由で小、受け入れていません。

★その人は、たしかに「やくいんになってほしい」といわれましたが、役員会に出たこともないし、役員手当をもらってもいません、役員会が行われるという案内もなかったのだと思います。そして、労働協定書があり、労働者として働く契約、給与体系も契約していますから、そして、じったいとして、「介護士としてはたらいてきた」という実績があります、それに対して、「給与が未払い」なんですから、おかしなことになっているといわなくてはいけませんね。

★簡易裁判の調停にどう対応するのかなどを弁護士さんを入れて、初めて本格的に相談ということになります…。

先日の 久米の福祉・介護施設の裁判の仔細は

★前々から紹介しています、久米にあります、特別養護老人ホーム 〈従来型〉・〈ショートステイ〉 ·〈ユニット型〉などを運営しています、社会福祉施設ですが、「不適切介護・虐待行為」などによって、死に至った利用者、施設の移転を世和議なくされた利用者の人たちによって、「虐待防止・安心して高齢者を預けることができる施設へ…」を求めて、裁判を起こしました。八人の弁護団による訴訟、訴状が裁判所に出されて、相手に送付したと思います、併せて、初回裁判期日を書いて、送り、それまでに、訴状への答弁書などを求めている時期ですが、第一回目の訴訟が、来年の2月4日()か午後1時30分からと決まりました。

★1時に、岡山地方裁判所の横に集まりまして、傍聴へ、集団で参加することになりました、良い絵になりますように一人でも多くの人が来てほしいものです。人数が少ないと、様になりませんからね・・・