津山市議選の総括会議

今夜は津山市議選総合選対の会議です

一人1.600票=3人で4,800票で、3議席の回復を・・・・・これが「選挙前」に掲げた、日本共産党津山市委員会の政治目標でした。その目標は達成できませんでした、悲願とも言うべき3議席回復が出来なかっただけでなく、得票数字でマイナスでした、3人で「平等に割っても、3議席にならないで、やはり2議席どまり」の得票でした。。。。党の主体的力量の「弱さ」もありますが、現職議員としての「党を大きくして、党への支持を増やす」という取り組みの弱さがあったこと、現職議員としての「奮闘」が弱い事、などが「勝てない」大きな原因です。

さらに、議会活動の不十分さ、政策の弱さ、一面化など、反省すべきことは沢山です。なによりも、これからの「議会活動」と「支持をふやす活動」への教訓を導き出さなくてはです…

東日本大震災への支援、復興への思い

昨日でしたか、東北の大惨事とか、太平洋沖地震とかの言葉を何故使わなくなったのか、何か意味があるのか…こんな話がありました。どうなんでしょうか「東京一極主義」という世の流れの中、東京も「被災地」というイメージを残したいのでしょうかね…・こんな会話でした。

さて、今週の土曜日に、岩手県宮古地域へは「初めて」(震災直後と選挙後には福島県でした)となりますが、支援物資を「日本共産党津山市後援会」として、支援物資を送りたいと準備中です。以下のご協力を呼び掛けています。

二つの「センター」へ送ります、二つに共通する「支援物資」は、お米、日持ちのする野菜・果物、大人も子供も、男様も女様も、「夏の上着から下着(シャツもパンツも)、くつした」などてす。

・仮設住宅を一つの対象とする「センター」は、食器類、簡単な「電化製品」など

・一つの避難所を対象とする「センター」は、タオル、歯ブラシ、歯磨き粉、石鹸、味噌や醤油の調味料などです。

現地と直接連絡を取り、直接おくりますから、どこかに「滞留」したり、届かないと言うことは絶対にありません、私に連絡下さい、そして、28日の土曜日、午前10時と午後13時30分に「さくら会館」で荷造りしますから、そこに持って来て、荷づくりもお手伝いくださいのお願いです。よろしくお願します。

「ごきげんいかが」の作成の日

★5月25日(水)ですが、末永弘之の市政報告「ごきげんいかが」の作成の日です

★今日は、水曜日です、火曜日が党地区常任委員会の日、水曜日は、末永弘之の市議会報告「ごきげんいかが」(毎週発行・B四二面づくり)の作成の日です、発刊は、明日の木曜日となり、木曜日の「しんぶん赤旗・日刊紙」に入れてもらい配布が始まります、そして、木曜日は、「しんぶん赤旗・日曜版」が、いわゆる「津山分局」に来まして、それを「ポスト」におろしていきますが、その「ポスト」にあわせて、「ごきげんいかが」もポスト卸に乗せてもらい、「日曜版」の配達する人が、他の「通達や久永だより」などと一緒に配布してくれます、これが通常の配達で、特別に「地域版」とか、何か、全市民に知らせたい事、などがありましたら、「地域配布」をおこないます、今回が、1075号となります。

「ごきげんいかが」ですか、は、

私のHPの表題です、そして、新しいブログの表題にも使用し、「ごきげんいかが」ですか、市民が主人公のニュース、とタイトルをつけてもらいました。そして、パソコンをつうじて、全く不定期に「勝手な通信」をおくる場合には「ごきげんいかがですか通信」と名付けています。これらの「タイトルの付け方」を一つにまとめて「ごきげん」と称する場合もありますが、私の「頭の中」では、一応、別々のもの、と言う感覚ではありますが・・・

「ごきげんいかが」ですか、市民が主人公のニュース

★昨日の朝が、カウント527,332でした、今朝が、527,379でした、67人の人が「開いて見てくれた」と言う事です、わざわざ、ブログを開いて見て頂く皆さん、ありがとうございます…以前のHPは、一人が何回かひらいたら、開いた回数がカウントされていた数字で、今のブログになってからは、一台のパソコンは、何回開いても一回しかカウントしないそうです・・・・してみますと、多い時には500を刻んだ時もありましたから、今回、同じ感覚でしたら、「市議会の議長」が決まった日、などは、過去の通例でしたら少なくても3~400は・・・と思っていました。しかし、現実は、70人程度したから、不思議な感じでブログをながめました・・・・、今までは一人の人が、同じパソコンで6~7回開いて見ていた…と、言う計算になります、・・・・まさか、そんなに一人の人が「何回」も開くわけがない、です、・・・どうなっていたのかな、どうなったのかな・・・・と、戸惑いが今でも続いています・・・今までの数字も、今の数字も、どちにも「間違いのない数字」です・・・・・

開いて読んでくれていると思える人々は・・・

比較的沢山の人が見てくれているのかな・・・と、市民の皆さんとの日常会話での「思い」は、うぬぼれでした、見事に「頭をたたかれた」このブログのカウント数字ですね…現実は厳しいです…今までの「対話」のなかでは、あの人と、この人とと、あちらの人も…あの人も朝の散歩から帰ったら必ず開いている、とか教えてくれた・・・20人や30人ではない、と思っています・・・と、すれば、頭の中に浮かぶ人だけでも、かなりの皆さんです、、、そこから感じる感覚と、現実の数字のギャップ・・・どうも、おかしな感覚の毎日です…悩むことではありませんが、割り切れない頭の中ですね…

今朝は、変な「雑記」となりました・・・・

 

 

見つかりましたです

朝一にブログの作成者ハセさんに連絡、やっと、起き上がりました。

新しく今朝の「雑記」の書き込みです。一部は、昨夜、下書きをした文章もあります。

★朝は、継続している「生活相談」のひとつですが、新しい問題での「解決へ向けての」現地での『打ち合わせ』を朝一に予定をしまして、地区党の常任委員会までに終えたいの願いの朝です。一斉地方選挙の後始末も、まだまだ不十分です、当然「地区党」としてね「津山市党」としても、いわゆる「全体での総括的な反省」などもしなくてはいけません、そして、一つ、一つの「選対」も同様に、総括的な反省も必要かなです。

選挙後の新しい生活相談も中々複雑です

今朝の生活相談とは、違った相談、選挙後の新しい問題ですが、昨日、役所の人とお邪魔して「直接」の話し合いでした、本人の希望、相談の内容には、直接解決させると言うことにはなりませんでした、内容が「個人の家庭内の問題」と言うことになってしまい、第三者が、ましてや、私が「あれこれ」とくちばしをはさむ事ではありません・・・・と一面はお断りし、税金に関する課題のみ「行政措置」をもとめることとしました。また、今日の「昼間の相談」は、一つの「地域」をまとめたような相談でしたが、これは、とてつもなく「複雑」で、わたしが一人で「解決できる」ことではありませんでした・・・一口に「生活相談」といいましても、いろいろと内容があり、複雑です・・・。

新しい「避難所への支援物資」について

岩手県の被災地の避難所、新しい「避難所」の責任を持っておられる、山田町の佐藤議員さん、党議員さんと直接連絡がとれました。写真が、やまだ共同作業所(避難所)前の佐藤町議(男性)と、岡山から支援隊ででかけた、向かって右から須増さんと石村さんです。

「仮設住宅」ではなくて、「党の議員さんを含めた避難所」です、石鹸、歯ブラシ、歯磨き粉、調味料(味噌・醤油など)が新たな物資として「要望」がありました、夏の下着、くつした、半袖のシャツ・・・よろしくお願いします。28日(土)までに、末永にれんらくいただくか、さくら会館・二宮党事務所・日上事務所にお持ちください、そして、28日の朝10時と13時30分から「発送の荷造り」をします、茶碗や皿、割れものも包装します、丈夫な「箱・入れ物」も考えて寄付して下さいね…送料もみんなでカンパしてよろしくお願いします。

山田町の佐藤照彦議員についてを「追加」します

山田町議会議員 佐藤照彦. 山田町出身◇山田高校卒◇日本共産党宮古委員会地区委員会 山田町支部長◇山田町議11期◇社会福祉法人山田共生会 理事長◇岩手県沿岸知的障害 児施設組合議会議員さんという肩書です、私と同じ11期目になると言うことです。もし、今年の「一斉地方選挙」が、震災で「繰り延べ選挙」としましたら、本来は12期目へとなっているのではないか。。。と、想像しています。

おはようございます、?です

いつも書き込みをします、パソコンの画面が「新規追加記事」を書き込むコーナーが消えてしまい、書き込みが出来ない朝です。別のパソコンには「新規書き込み」コーナーが表示されたので、そちらから、ご挨拶だけ書き込みです。

この記事も、うまく表示されるのでしょうかです。昨夜、少し下書きをした「今朝の雑記」はどこへ消えたのでしょうか・・・・

大雨の奈良公園でした

土砂降りの直前、春日神社へ

今朝は雨です、昨日の奈良も雨でした・奈良市春日神社へ参拝、何十年ぶりでしょうか、さくら介護センターの皆さんと一緒の旅でしたが、ここは、傘をもつだけで「雨」は何とかさけてくれましたが、この後、大仏さん、春日山、興福寺の五重塔、法隆寺へと、ゆっくりと「見物」の予定でしたか、どしゃぶり、それでも「大仏」の中にいた時は、それほどでもありませんでしたが、そこを出てからは、どしゃぶりのなか中、大雨と強風で、無茶苦茶になりました。お昼御飯も食べるところが無い、しかたなく、大雨の中、奈良駅の方まで行って、やっと、駐車場付きの食堂見つけて食べる事が出ました。ともかく、ひどい雨、大変でした…。

法隆寺は修学旅行の大隊群

法隆寺では、雨は小雨、しかし、人、人、人、何組の修学旅行生で、いったい、何人がおったのでしょうか、ともかくすごい人数、軍団でした、広い法隆寺の境内が人でうずまっていました・・・あるお店のおばさんにおききしましたら、「日曜日にこんなに人が来たのは初めてですよ、ふだんは、幾らなんでもこんなには来ません、今日は、どうしたんでしょうか・・・」といわれていました・・・人の数と制服の種類とに圧倒された法隆寺散策でした、それから帰宅、小用もあり、夕方に帰ってきました。

岩手県宮古市からの連絡

党県委員会から、岩手県宮古市へ石村さんと須増さんが「支援活動」へ、上記のしゃしんは、須増さんのブログからいただきました、宮古市の様子です。そして、現地からのメールでの「便り」も届いていました。

仮設住宅に入っていく人たちは、「食器類、電気製品、下着、洋服」などが不足、「野菜・果物・お米」も不足だそうです、これをよまれたみなさん、現地へ直接「支援物資」を送ります、お家にあるもので、役に立ちそうなもの「支援物資」として是非とも、お譲り下さい、日上の事務所か、さくら会館か、へ持ってくるか、連絡下さいね…よろしくお願いします。

今日は、広報調査特別委員会の日です

新しい議会がはじまって、役員人事も、会派も、色んな任務がきまりました、「臨時号」を発刊して、市民の皆さんへお知らせです、広報調査特別委員会(議会だより編集委員会・新聞部)の日です。あたらしい、正副委員長とあたらしいメンバーによる編集です、よろしくお願いします。

5月21日は土曜日・我が家の田んぼは・・・

田植えの風景、農繁期です

まわりは忙しい農繁期です、昨日「私の田んぼ」の前の道を所用でとおりましたら、「きちんと田植え」が終わっていました。もう、30年も前から知人に「田んぼの管理」全てをお願いしていまして、出来た「お米」だけ頂くと言う「農家」です。もちろん、その田んぼも少ないもので1枚だけです。2人で食べて行くのには「余るお米」ですが、子どもたちに「分けてやる」こともあり、孫が大きくなるにしたがって、秋口(新米がとれる前頃)には、無くなるようになってきました。時々「買いたし」が必要なこの頃です。

休耕田・転作田で風景が台無し

近所の人たちは「田植え準備」で忙しそうです。2~3日まえから、そろそろ植え始めたかなという感じで、まだまだこれからですが、今日の土曜日、明日の日曜日は、かなりの田んぼが植わるのかもしれません。稲が植えられた田んぼと言うのは、毎年ですが、小さい稲苗が風になびいて、さわやかな風景をつくります、いつ頃に、全ての田んぼに稲苗がうえられるのでしょうか・・・と、いいましても、「休耕・転作」が強要され、ところどころが「歯抜け」のように、黒々とした田んぼ、あるいは、稲苗とはちがった作物の色の田んぼがあり、折角の「さわやかな風景」の情緒を半減してしまいますが…

思いは放射能汚染について

田んぼ、農作物と言えば福島の原発事故、放射能汚染ですね、日本中が「不安」です、日本の国土どうなるのか・・・農地が放射能で作物が作れない…・牧草もお茶の葉も・・・・原発は安全と「神話」をつくりだした政府と科学者ともうけ本位の企業は「責任を取れ」です・・・もう、原発はいりません・・・このまま日本が沈没するのではないかととっても不安です…

今日と明日、一泊で、さくら介護事業所のケアマネ・ヘルパーの皆さんと津山ネット常勤のみなさんで、大阪「花月」へお笑いの旅、奈良へ一泊し、奈良公園を探索の、疲れ直しの旅に出かけます。

さくら会館と津山ネットの会議

さくら会館まつりの準備です

写真は昨年のオープニング式に出演して頂いた、福岡保育園のかわいい子どもたちの「鼓笛隊」のようすです。ことしも参加をお願いしています。

★朝一は、新聞「赤旗」のはいたつですが、けさは、日曜版があり、約一時間、あかるくなりましたが、まだ、眠っている感じの世の中でした、が、ときおり、夫婦で散歩、犬をつれての散歩の人たちと出会います…・今朝の風景でした。

6月12日(日)午前9時15分から、第9回「さくら会館まつり」を予定しましたが、それに向けての「役員会」です。中々「なじめない組織体制」ですが、さくら会館は、建物の名前、土地の所有もです、社団法人の資格を有したもので、役員会や総会など「法と定款」に基づく運営をしています。その活動の「ひとつ」が「さくら会館まつり」です。そして、さくら会館の建物の中には、豊かなまち・人つくり津山ねネットワーク(旧全解連津山市協議会)とさくら介護事業所(介護センター・ケア計画策定とヘルパー派遣の事業所)さらにさくら産直・共済会という団体とが「共同生活」をしています。

それぞれの団体が、他の民主団体や個人と同じように「社団法人」というてんでは、会員となっています。それぞれの団体は「事業活動」などもやっており、多少の収益が生じる活動もしており、それぞれの「団体」から、さくら会館へは、家賃・共益費として支出し、さくら会館は、建物の維持費・土地の維持費・管理費などを支払っているという関係になります。

それらが「総体的に集う」のがまつりです、ご参加くださいね。

まず、バザーへの商品をお願いします

まつりの利益金の一部とバザーを行い、バザーの売上金全額とを「義援金」として送りたいと考えています。バザーといいますと、「家庭で使わなくなった不用品」などをお願いと言う言葉を聞きますが、「さくら会館」のお願いでは、各家庭で「棚の奥にあるお宝品」とか「今、使っていないが大切なお宝品」などをバザー用品としてお譲り下さい。

とお願いをしています、さくら会館に持ってきていただくか、連絡頂ければ取りにいきますから是非ご協力ください。これが、当面のお願いです。義損物資もおねがいしますが、具体的な「被災地・岩手県宮古地域の支援センター』が求める品物が、最終的に調整中です、決まりましたら書き込みますから、よろしくお願いします。今の段階では、お米(できれば3~5キロ袋詰め)が希望です。そして

参加費は無料ですが、お楽しみ券「5枚1組千円」にご協力下さい。

岩国から飛んで津山の人に迷惑をかけた

米軍機低空飛行の実体調査で来津でした

写真は、被害者の井口さんから説明を受ける「視察団」の皆さん

岩国基地から岩国基地へ・・・3月2日でしたか、津山の上空を「地上約30メートル」の低さで飛んだ…井口さんの土蔵が崩壊した・・・・その実体調査に、岩国・広島から「現地視察」に来津がありました。岩国基地を飛び立って、津山の人に迷惑をかけて、また、岩国に帰って来た「米兵」です、ほんとうに、会いすまない気持ち、岩国の市長に「津山に行って実体を見て来て下さい、貴方方が基地を容認し、海兵隊の訓練を認めるからこうなる・・・少しは、反省をしてほしい・・」という趣旨の申し入れを、岩国の市長にした人たち、「瀬戸内海の静かな環境を守る住民ネットワーク」を中心とした一行、約20人でした。

岩国の人の話では、米軍機、ホ―ネットは、午後2時46分に岩国基地を飛び立ったらしいです。そして、平和委員会が独自に調査したところでは、そして、岡山市の役所の上を通過して、兵庫県赤穂市~姫路の上空でう回して、播但道路の上を北へ、中国道上空を横断して、西粟倉から奈義上空から、津山へ・・・津山が3時過ぎでしょうか…・大佐町上空ふきんで「通常のルート」に帰り、そこから一気に岩国に、逃げ帰ると言う感じでしょうかね・・・・。

パイロットの遊び心、2機で追跡遊び・・・約30分の旅かな?

岩国基地から岩国へ、約30分でしょうか・・・津山の上空は、谷と谷の間、30メートルくらいの高さですから、飛んでいた速度は「マッハ」まではないとの事でしたが、あらたまって、井口さん宅の「被害救済」へ、米軍機との因果関係とはいったい何か・・・この低さの飛行、それだけでも「土蔵と母屋の被害補償」を早急にすべきとおもいますが・・・

★低空飛行の関連ブログの紹介

米軍機は地上30メートル前後を飛んだ疑い

2011年3月2日に、上田邑上空を飛んだ「米軍用機」による、土蔵崩の被害、米軍機の高低を調査する、第2陣の「目撃者証言の調査結果」を、5月18日の午後に、宮地津山市長に報告をしました。仔細は、また、明日、書き込みなどしますが、資料も、古い「ホームページ」でないと、私が、新しいブログへの挿入方法を「忘れてしまい」申し訳ありませんが、挿入できません。古い、ホームページを開いて、ごきげんいかがコーナーからご覧ください。報告文とか、測量結果とか、地図なども挿入しています。

この記事を読まれて、ブログの「管理者」のほうが、うまく手直しをしてくれるかもしれませんがよろしくお願いします。

地上30メートルとは、土蔵の屋根からは、25~20メートル前後と言うことです。

こここで「測量結果」として発表した、30メートルというのは、地上、田んぼ、などからの高さです、家の高さは「計算されていない」ものです・・・・これを計算しますと、とてつもなく、低いところを飛んだ、と言うことです。資料など、よく、ご覧くださいね。

>> 津山市の米軍機低空飛行調査の追加報告 2011年5月18日 PDF276KB

地質学、地震の基礎知識を学ぶ

昨日の県議員団会議で、午後岡山理科大学の西村敬一教授の講演は、地震と地震災害の基礎的知識、東日本の大地震、そして、岡山平野の地震災害を考える、という3つのテーマに分かれての話でした。「震源」と「震央」の違い・・・など液状化現象がおこる「地質」の問題…今回の大惨事は「想定外の出来事」という言葉の意味、いったい、誰が、何を、どのように想定していたのか、それが、どう「外れた」のか・・・・など専門官としての意見などをお聞きし、びっくりしたのは、岡山の過去の自尽を体験した人たちを、こまめに歩いて話を聞いて、地震の失態と地質の関係を細かく調査・分析されていることには、感激もありましたが、すごい、と思わされました、行政やマスコミにもひっぱりだこといわれる所以がそこにあると実感した日でした。学者といいますか、研究者・専門家たるもの、各ありきでした。

一体今回の「原発事故・放射能漏れ」について、東電と政府は「何をしているのだろうか・・」と怖い感じです、一号機だけでなくて、二号機も、三号機も、「圧力容器が溶けていた、そして、穴が開いていた」というのが、今になって「公開される」と言う恐ろしいことです。今、わかったから、今、公開した・・・?、本当だろうかな・・・・誰もが「そんな疑問」を持ちます。上記の「解説図」は、ある新聞社のブログから切り取った者ですが、3月12日には、「溶けていた」という解説を、昨日、5月17日に公表したと言うことですが・・・・何と言うことでしょうか、解決の方向が見えないどろか、被害が、実体の悪化が、日々大きく、強くなっている・・・・なんと言う「悲しい」ことでしょうか・・・です。

今日は、米軍機低空飛行問題の調査ありの日

岩国基地をかかえる住民の方などが、米軍機低空飛行問題の調査で来津します、岡山平和委員会の案内です。マイクロバスに乗ってこられるとかで、井口さん宅や周辺の皆さんに、当時の様子など「問い合わせ」などをし、飛行のコースや実体を聞き合わせです。

午後3時からは、先日、低空飛行の「目撃者証言」の2回目をしましたが、その調査結果を、宮地市長に「報告」をします。かなり「低く飛んだ」という結果が出たと聞いていますが、仔細は「報告」を待ってからと言うことになります…・きょうも、1日バタバタとする日です。