一斉地方選挙後初めての全県議員会議

今日は、一斉地方選挙後の初めての、岡山県地方議員会議です、私は小用があり、少し「遅刻」かなです。県会議員が3人から2人へ、そして、新庄村の村議が1人少なくなり、やや、寂しい感じですが、ともかく、一斉地方選挙の反省や教訓をどう学び取るか、全国的な「共通の課題」と「それぞれの地方地方の独自の課題と」を結びつけての問題点の論議も行い、「党を大きくしないと選挙にも勝てない」ということ・・・・・そして、近づく6月議会対策、これからの「地方議員の任務」と「党としての議員団活動のありかた」なども話し合われると思います。

東日本大震災への支援と復興を求めて

午後からは、岩手県宮古地域を重点とした「震災支援活動」についての話し合いです。今度の大惨事は、「原発事故・放射能漏れ」と言う事態が、どうにもならない「不幸」といいますか、「被害を底が無いもの」にしていると思えてしかたありません。大地震、と巨大津波の「二つの被害」は、時間とお金をかけてでも、街づくりをふくめて「生活ライフの復興」もありうると思いますが、「放射能による被害」は、毎日毎日「新しい問題」をかもち出し、解決どころか、「被害の広がり」であり、「被爆地・危険区域」は、「復興策が成り立たない」ということになるのではないでしょうか、とても不安です、この地域に住んでおられる皆さんには、大変「失礼」で「気を害する」言葉でもうしわけありませんが、放射能に汚染された地域、というのは大変だと思います。しかも、日に日に「放射能漏れの実体」というのは、深刻です、「原発事故・放射能漏れ」というのは、解決のめどが立たない、「原発が停止すればよい」と言うものでは絶対にない、汚染水をどこかに「埋めればよい」と言うものではない、原発がある限り、放射能漏れは「防げない」と言わなくてはいけないのではないでしょうか・・・・そんな思いがしてなりません・・・原発はつくるべきではなかった、それが今回の「大きな教訓」とすべき問題ではないでしょうか・・・

市議会だより編集委員会正副委員長の打ち合わせから

今日は月曜日です、広報調査特別委員会(津山市議会だより編集委員会)ですが、正副議長などの「議会役職」とか「会派構成」とか、幾つかあります「広域・組合議会議員」とかの「役割」をきめました、5月臨時市議会報告を6月10日付けで「臨時号」として発刊をしますが、委員長の私=末永は「前回」とは変化していませんが、前回まで副委員長をしていました、吉田議員が「副議長」になりましたから、今回は、田口さんという若手(ニ期目)の人が副委員長になられましたか、初めての「正副委員長会議」をおこないまして、編集委員会全体の会議招集や、これからの「議会だより編集」に関する、基本的な話し合いをしておこうと言うことでの正副委員長会議です。

どうしても解けない「不思議」なこと

河本英敏議員が「議会選出の監査委員」になった、と言うことが、一つの「市民的」な話題ですね、ある意味の「期待感もある」のは事実ですね、「入札など徹底的にやるだろう・・・」ということ・・・・一方では、「少し、ずれた方向での穴掘りが行われる」と言うこえや、「こまるのではないか」と言うこえもあります・・・・が、私への市民からの「問いかけ」は、①議長選挙で、議長選挙に名乗り出て議員と「会派の数が合わない理由は」何故か」と、問いかけが多くあり、あわせて、副議長選挙の、吉田議員にいれたグループと北本議員入れたグループの「組み合わせが、おかしいのではないか」と言う声です。たしかに、不思議な組み合わせだと、私も思いますが、理由は色々とあるようですが・・・

正副議長の「独占に疑問」の声

この声は、議員の中から出ている声、北本議員に投票した議員からです、「約束事」で、議長を作ったグループは、副議長を田のグループへわたすのではないのか、というぎもんです、「グループとは何か」を明確に定めなかった「曖昧さ」があったのは事実ですね、この点では、「改善が必要」ということを以前に書きこみましたとおりです…

吉田副議長→◎新星会議(吉田・近藤・小椋・竹内邦)◎新政クラブ(秋久・津本憲・野村・森西)◎公明党(岡安・川端・原)◎緑風会(木下・竹内靖・西野)=14人

北本議員→◎津山誠心会議・改革クラブ(津本辰・安東・北本・田口・中島・山田)◎市民と歩む会(河本・黒見・村田)◎新風会(森岡・岡田・松本)=12人

久永議員→日本共産党津山市議団 末永と久永の2人

この陣営です、たしかに、色々とあるんでしょうが、なんで、津本辰議員と河本議員と森岡議員の会派が「一つ」なのか・・・ですよね・・・山田・河本議員ら、選挙中、何を言うてきたんでしたかな・・・・?ですね、という率直な疑問が市民のなかにもあり、私の中にもありということですね・・・・・。

気持ちも新たに義援金募金へ

5月14日午後1時半~日本共産党の全県統一の「東日本大震災支援募金活動」でした。震災から2カ月、心新たに、被災地と被災者への支援の輪を大きくして、すこしでも「生活再建に役立ててもらおう・・」のおもいです。1時間で、10,377円の募金があつまりました。岡山県がまとまって、宮古市のセンターへ「送金」をします。写真は、自転車で走っていた親子が、そろっての募金の支援の様子です。。。ありがとうございました。

5月14日土曜日、スエヒロで「憩いの集い」

スエヒロとは、末永弘之の末と弘、そして、末広がりのスエヒロ、あえて、末永く元気で活力をもって生きて行こう・・・・・楽しく「集いの輪を」・・・・という、色んな思いをこめて「末永弘之事務所」を「スエヒロ亭」と称することに勝手に決めました。

40年苦労をかけてきました・・・いろいろありました

今度の選挙が終わって、色んな話しの中から、「11回とも、末永と書いた人が何人かな・・・・1回しか書いていない人を含めて、過去、一体何んの人が、末永と書いてくれたんだろうか・・・・」こんな話が出まして、「私は、今回がはじめて投票しました」と言う人もありまして、かなり、賑やかなはなしになりました・・・11回とも入れた、と言う人は、さすがに「地域の人」に多いのは当たり前ですね…そして、お互いが「年を寄せました」ので、安い、安い、と愚痴をこぼしながらの「僅かな年金を便りの暮らし」になっていきます・・・・そして、選挙で毎日寄り集まってワイワイやっていた空気を継続したい・・・せめて月iに1回ぐらいよって「よもやま話をしよう・・・」と言う事になりまして、ご婦人方を中心に「スエヒロ亭老人憩いの集い?」なるものができつつありまして、今日が1回目の「憩いの集い」です・・・・どんなことになりますか、途絶えることなく継続していきたいものです・・・・

東日本大震災への支援、復興への願い

大震災、大型津波、そして、原発事故による放射能漏れという大惨事から2カ月を経過しましたが、依然として「落ち着かない」「被害の全体が明確にならない」なによりも、「放射能被害は益々悪化、被害も広がり、再び爆破の危機」が続いています…日本共産党の組織が、全国的に「基礎組織の地域支部」として存在しているという特徴をいかして、中央委員会が、津山市の党組織(岡山県ぜんたいがですが・・)は、岩手県宮古市を「ひとつの支援地域」と設定して、支援活動を継続することになりました。そして、私が「地区党の東日本震災支援対策本部長」と言う役柄になりまして、きょうが、そういう意味では「初支援の活動日」ということになります、義援金や支援物資の「搬送準備」が当面中心ですが、午後1時半からは、津山郵便局前商店街通りで「義援金の街頭訴え」です・・・・ご協力をお願いしますね…・

石川ガンさんの来津

久しぶりに米軍軍用機の「低空飛行」問題の書き込みです。昨日の夕方、軍事評論家の石川ガンさんが来津して、津山市上田邑の「土蔵崩壊」の跡地などを視察し、飛行の経路なども研究されるという、いわば「現地視察」という事です。津山駅から「さくら会館」に来てもらい、小用を終えて「合流」して、初対面のご挨拶、私がもっている「資料」などを渡して、ホテルへ案内し、私は、「末永選対会議」がありましたから、そのままお別れ、今朝、ホテルへ迎えに行き、現地へご案内の予定です、

先日の二回目の「目撃者証言」の結果も

選挙前に、二回目の目撃者証言を行い、その調査の結果も「専門官・測量会社」のほうでは、取りまとめを、ほぼ、終えたとかの話が伝わってきていまして、近く、この人たちも来津して、宮地市長に「結果の報告」もする予定です。崩壊した「土蔵」は、井口さんの手によって綺麗に片づけられていますが、母屋の「歪み」も含めてどう責任を取ってくれるのか、「因果関係が明確になれば補償をする」との旨を述べていますが、「何が、どのようになったら、因果関係がある、とか、ない、とか、を判断するのか」と聞いていますが、答えはありません、それも「調査中です」という人を食ったような防衛庁のはなしですから、困った事です。

雨が降らない事をねがう、今日の調査行動の朝です…・。

新しいブログの方法ではありませんが、ごきげんへ

毎週はっかんする、末永弘之の市議会報告「ごきげんいかが」を、古い方法で、ふるいホームページにつないでみました。少し、邪道かもしれませんし、うまく渡せるのかどうかもふめいですか、一つの試行としてやってみました、津山市議会の役員選考の結果の報告です。ご覧ください。ですが、いわゆる「古いパソコン」というか「ホームページ」というかにありました、機能がうまく働かないようで、繋がりませんでした…・もう少し、研究が必要ですかね…

6月12日(日)さくら会館まつりへ

第9回の「さくら会館まつり」を6月12日(日)午前9時30分開会を予定していましたが、選挙があり、連休があり、臨時市議会があり、などで、準備が遅れていました、昨夜やっと第1回目の実行委員会をしまして、概ねの企画などをきめ、本格的な準備に入ります。皆さんのご協力と当日の参加をお願いします。

震災支援、復興への願いを

今回は、東日本の大災害への「支援と復興」を一つの課題とし、①開会行事として、この心届けと「ふるさと」の合唱、②義援金と支援物資の募集と利益金の一部を支援、③バザーの開催・売上金の全てを支援金へ  との新企画を取り入れる事にしました。支援物資は、日本共産党の支援ルートに乗せて、限定した場所に送ります。支援物資と支援のバザーの商品の「提供・カンパ」をお願いします。さくら会館へ連絡か、お持ちください。このブログの右側に、自宅・さくら会館などのアドレス案内もあります、そこからご連絡頂けましたら、こちらから取りに行きます、よろしくお願いします。

びっくりのカウントです、少し凹みですね

新しくブログにしまして「カウント数字」も設定してもらいました・・・1日が約50人程度です、以前のホームページのカウントは、同じパソコンでも、開いたらそれがカウントされていましたが、今回からは、「同一パソコン」といいますか、同じ所からのアクセスは、何回開いても1日1回カウント方式だそうです・・・そして、11日の朝が、526554でした、今朝が526630ですから、76人の人が開いて見て頂いたと言う事になります。こんどは、正式に「人」といえるカウント方式だそうですから、人といえます、まえは、回という性格なんでしょうね…それにしましても、少し凹みですね、自分の「力のなさ」と言うか、「うぬぼれ」と言うかよくわかりませんが、率直な気持ちは「もっと沢山の人が見てくれている、開いてくれている」と思いこんでいました・・・・・平均は200人程度と、本当に思いこんでいました・・・これが現実なんですね、選挙も、結果としては同じで「もう少しは…」と思っても、現実は動かし難しです、「そうかなですか」と、つらい事ですが認めなくてはいけません、日常的に、会話に出る「雑記をみたよ」とか「うちの職場は皆がみていると思うよ」とか「毎日見ているよ」とか「おもしろいよ」とかの声があり、「ありがとうです」と思っていたのですが…現実はもっと厳しいと言うことの再認識です…

中々落ち着かない議会関係かな

津山市議会の「役員構成」を、それでも、かなり早く「終えた」のは事実ですが、マスコミでは、「議員が゛会従連衛゛し、午後2時には正副議長をきめた」という程度の評価です、、、全体が「覚え書き」で「混乱が少なくなった」と言う見かたは「無い」という感じですかね、もっとも「騒ぐ・揉めることがニュースで、揉めない事はマスコミ流でいうと、にゅーすにならない」ということもあるのかなです、が、「覚え書きが、その通りになっていない部分があり、役に立たない、人数合わせだけした」という声もチラチラ聞こえており、議会人事の後物語は「嘘をついた」とか「つかれた」とかもふくめて、中々落ち着いていないという感じです…・

何があったのか・見えない議員の動き

★写真は、20何年ぶりに「議長席」(最年長議員として仮議長)について、本会議運営、5月臨時会で「宮地市長の挨拶」をうける、議長席の私です。記念に写してもらいました。

かってない早さで「議会役職」づくりは終了

★昨日の「市議会臨時会」における、議会の役職づくり、本会議での全ての議事が終了したのが、午後8時丁度でした。過去、10期40年、何回でしょうか、少なくとも20回ですか、徹夜・徹夜が3日や4日繰り返された時から、深夜・徹夜・翌日へと継続されたり、様々な経過があり「衆楽座さる芝居」と異名をとった、津山市議会の役員選挙でしたが、こんなに早く終わったのは、初めての出来事・・・・2年前に「苦い経験」のなかから生まれた、「議会役員づくりの覚え書き」の成果があるのかもしれません・・・・・良かった、良かったです。

副議長選出に「一つの課題」あり

「覚え書き」によると、議長を作ったグループ・派閥は、副議長をとらない、となっているが、議長グループから副議長(吉田議員)が、立候補するのは、おかしいのではないか…・

率直な質問・疑問が全員協議会の席で出されました…・私の解釈は、「事前の会派代表者会議において、西野議長を押す議員が「グループとして押す」という立候補ではなくて、緑風会で押す、そして、議長候補者としての「政策声明発表」をきいて、投票すると言うことになり、結果として、西野さんに多数が投票した、という感じでうけとめており、正しく「最大グループを構成して議長をとり、副議長もとり、というスタイルと、少し違うと理解しておる。監査もふくめて、独占はしない、と言うことではないか、多少、議長が選挙になったケースでの「覚え書きの内容に、曖昧さがある」ということで、今後の研究課題とおもう・・・・・

こんな見解をのべましたが、たしかに、議長に投票した会派をどうみるのか、グループとは何か・・・もう少し厳密にしておかないといけないとは思いました…・

実はグループを作って相談していた

副議長ができた後の話ですが、副議長に北本氏を押した議員さんたちから「10日の午前8時半過ぎに14人が集まって、議長は西野・副議長は吉田でいく、と協議・意思統一をしている、これをグループと言わないで何と言うか・・・との「意見」が、最高年齢者としての「座長役」に苦言が寄せられまして・・・・座長は辞任した後で、権限もなにもない身柄でしたが、西野議長・吉田副議長らの「グループ」のひとたちへ、「あんたらのやり方は、おかしいと言う声があります」という伝達だけはしておきました…副議長を「やめてもらう」と言う権限も無く、そんな事が出来る相談ではない、と、断っての事後談でした・・・・

何がどうなのか、みえません、わかりません

議長選挙もですが、副議長選挙になりますと、いっそう鮮明になってきたのは、「わからない・見えない」議員の心根、心境です・・・北本副議長に投票した「議員グループ」は、市民と歩む会(河本・黒見・村田)新風会(森岡・岡田・松本)津山誠心会議、改革クラブ(津本・安東・北本・田口・中島・山田 →議長選挙では、この会派は個人個人が、それぞれ違う人に投票したと思います)の三つの会派12人です。この組み合わせが、理解できない組み合わせです…・あり得ないと思ってきましたが、なにが、なんでしょうか、なにがあったのか、大いに注目・関心です・・・・

散々に言われた宮地市長になっての「悪宣伝」でしたが・・・

宮地市長は「右翼・暴力団と共産党に・・・・」という、全く根も葉もない「悪宣伝」を今限り流して、「末永と新風会は癒着している」とまで、出鱈目を述べてきた2年間と選挙戦でしたが、この「出鱈目・悪宣伝」をしてきたのは、ここで言う、北本副議長に投票した「会派の中の数人」でした・・・・それが、この結果からいうと、今度は、市民と歩む会の議員さんらは、「新風会と癒着して、議会の主流になりたがった」と言われてもしかたないこと・・・その結果として河本議員(市民と歩む会代表)が、監査委員になったのだ、と、言うパターンですよ・・・おかしなことです・・・・これだから、議員は「何をしているか」です・・・もっとも、河本監査委員の選任については、新風会は選考委員会では河本に賛成でしたが、本会議では「反対」として座っていましたが…・新風会と私が「癒着している、仲良し、これに押される宮地市長もおかしい」と、ありもしない「悪宣伝」を言うて来た、みなさん、今度は、河本議員らが「癒着した、そして、監査になった」といわれたら、どうするんですか、結果は、そうなったんですよ・・・・何がおこるかわからない議会、一寸先は「闇」ですね・・・言いたいことを「言いたい放題」いうてきたら、こんどは、「わが身にふりかかる」事態ですよ・・・・・・どうするかですね・・・・・これから、2年間、どう動くのか・・・・どうなるか、大いに注目です。

第47代津山市議会議長に西野修平氏    第50代副議長に吉田耕造氏が決定

★改選後の臨時市議会が、10日(火)の午前11時15分から開催され、最年長議員ということで、私=末永が「仮議長」役について、議長選挙が行われ以下のような投票結果となりました。

※西野修平 15票 →緑風会3人、津山新星会4人、新政クラブ4人、公明党3人、あとの 人は 「津山誠心会議・革新クラブ」からと想像です。

※河本英敏  6票 →市民と歩む会3人、後の3人は、「津山誠心会議・革新クラブ」らと想像ですが、わかりにくいです。見えませんです。

※岡田康弘 5票 →新風会3人、後2人は「津山誠心会議・革新クラブ」らと想像ですが、わかりにくいです。見えませんです。

※末永弘之 2票 →日本共産党津山市議団

ここまでが、仮議長の任務ですが、議会の流れ、会派間の「グループ」の組み合わせが大きく変化しました。かなり、大きな変化です・・・・

副議長選挙も、ひとつの「ねじれ」かなです

吉田耕造 14票 →津山新星会4人、緑風会3人、新政クラブ4人、公明党3人

北本周作 12票 →津山誠心会議・改革クラブ6人、新風会3人、市民と歩む会3人

久永良一  2票 →日本共産党津山市議団

という結果でした、議長のグループと副議長のグループの「派閥」というかの違い、色々とかんがえさせられる布陣が生まれたというべきでしょうかね・・・

取り急ぎ、の第一報です。

すべての議会構成は午後5時前に完全終了・40年にして初めての早さ

ここから11日の深夜というか、早朝書き込み記事です。正副議長が決まり、正式な「役員選考委員会」がつくられ、私も、一人のメンバーになり、森西委員長、岡安副委員長のもと、多少の「揉め事」もありましたが、「議会構成についての申し合わせ」に基づく常任委員長・副委員長づくり、そして、委員の配置、一部事務組合への議員配置も、行政職へのはいちも、ほぼ、「議会構成の申し合わせ」を尊重し、その基本をつらぬいて「異例のはやさ」で議会人事が終わりました。午後5時には、「議会内部の話し合い」は終了でした。

結果として今日になりました

上記の写真は「新しい議員」の皆さんの集合写真です。このなかから、誰が議長になるのか、副議長は…・と、市民的には「注目」ですが、昨日会派代表者会議かあり、正副議長などの「議会構成の話し合い」をしましたが、結果としては、今日の「午前9時50分」まで、「会派代表者会議を延期」しまして、会派間の「調整まち」としました。

まだ、今日の午前9時50分まで話し合いの余地あり

★話し合いの「余地」は残していますが、どうも、「全会派が意見一致」になる可能性は「ほぼ無し」と思えます。しますと、数人が「議長選挙へ名乗りを上げる」と言うことになります。昨日の段階では、アイウエオ順でいきますと、・〇氏(新風会)・K氏(市民と歩む会)・N氏(緑風会)と、もう少し考えてみる会派内での最終意見がまとまっていない、と、言う会派もあります。

「全員一致」にならないのでしたら、私=末永、が立候補と、4人目として「正式に名乗りを上げている」訳ですが、今日、どうなるのか、午前9時50分に「再度の話し合い」です・・・・10時に「議長立候補の締め切り」とし、全員協議会、午後11時からの「本会議」での議長選挙へと流れていきます・・・・

午前10時までに「何人が議長選挙に立候補」されるのかが不明、仮に4人としますと、平均点が7人ですから、「法廷数=7人」は確保ですが、5人~6人となりますと、「法廷数」をだれもが「取れない」などとなりますと、何回も「選挙」になるのかな・・・・

そんなことにはならないだろうと思いますが、私の任務、最高年齢者としては、ともかく「議長を作るまで」です、何とか早く終わりたいものです。

新しいブログにふなれ、冷や汗ものです

昨日までに「予行演習」も含めて、ハセさんの指導で挑戦しまして、今朝から「一人立ち」のブログ、なれない作業で苦労しています。また、昨日「ごきげんいかがですか通信」でお知らせした「ブログのアドレス」が「仮のアドレス」を送ってしまったようです。正しいアドレスは、もし、私の「連絡」で登録などされていましたら、古い「ホームページ」のトップ画面にあります、「引越しの案内」から開いて、そちらを登録して下さい、少しだけ、内容が違います。よろしくお願いします。

ごきげんいかが1072-1号

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