★今日は、津山資源循環施設組合議会・臨時会の日です、津山市・勝央町・奈義町・鏡野町・美咲町で組織しています、「新クリーンセンター」の運営管理する広域組合、其の議会ということです。改選後初議会、津山市議会から、金田・近藤・勝浦・末永の4人が選ばれていますから、組合の規約のようなもので、「議長は津山市から」と定められていますから、4人で相談して議長を作ることになると思います。
★いろんなことがあった「新クリーンセンター建設の経過」です、今の領家地域に決まるまでに、数地域を4対候補地として発表しましたが、其の反対の声つよし」で実現に至らず、1地区を除いて、反対運動の先頭に立たされけてきました、そして、後、1地区は私が関係者と相談して、予定地に名乗り出た地域」もありました。
領家地域への決定も、前々市長の無茶なやり方で、再考を求める会が組織され、私が相談役へ、様々な経過でした
★何々が起こったのか、桑山さんという市長の時代です、公募ということで「予定地選考」に入りましたが、予定地の条件として、地元町内会の名前で新星」と決められていたのが、久米連合町内会の名前」という、完全に「ボタンノかけ違い」を無視して、「領家が最高点」と小細工を働いた桑山市長の技、何があったか、桑山さんが市長選で負けて、二年「裁判を起こした」を毛ですが、裁判所の土地鑑定額は、「約7200万円」でしたが、実際の購入価格は、「4億5千万円近い額」で桑山さんが、市長選挙一週間前に「会逃げ」した土地でした。その礼金は、いかほどと、当時、噂されたものです。
★建設予定地に「大量の産業廃棄物が埋められたと田である」と、地元の人が告発、私がなかにはいり「現地の掘り起こし」を命じて、地権者の負担で、掘り起こし作業が、役、一か月、すごい量の「産廃」が出てきました。ヒ素・鉛も、検出されました‥‥そんな土地を、「産廃ではない、遺物だ」と称して、購入したわけです。無茶な人でした、結論としては、宮地市長誕生への秘話物語ですよね。
★これらの写真は、2008年10月24日から産廃の掘り起こした現物」のものです、100枚以上の写真があります、毎日、掘り起こしの現場で写真撮りましたです…1か月以上かけて、産廃を全部掘り出して、処分はしましたが、桑山さんは「産廃ではない、遺物に過ぎない」と、言い続けました、…さらに、ヒ素か、鉛でしたか、検出もされ、専門官の意見をいれた「中和剤処理」を、宮地市長になってから行いしまた。専門官は、京都大学の環境学者・その後、熊本大学へ転勤されましたが・・私の知人でもありました。
★ひどかった、桑山市政の在り方、宮地さんに代わって、かなり前進した新クリーンセンター問題、桑山さんが二期目の市長に当選していたら、たぶん、領家では建設が困難、できなかった可能性ありなんですよね。。。いろんな思いがあります、当時は、組合議員は八人、町が二人づづでてぃまたね。合理化で半数になったということでしょうかね。