★早いですね、もう、月の半ば、15日なんですね、、昨日から、日の出が早くなると聞いて楽しみにしていたのですが、あいにくの「曇り空」で、夜明けで、明るくはなりましたが、太陽が見えない午前中でした、日の出も見られずでした、残念、今朝も、散歩の道すがらの西の空は曇り、太陽さんは見えませんでしたね・・・雨かなとおもいますが・・・
新年早々の「あいさつ」も含めて市議会全員協議会です、そして、議員会議が行われます
★毎年といえば「そうだ」と思いますが、1月15日は、市議会全員協議会です。議会は、15日を「議員の集まる日」として定着させています、主に、全員協議会が召集されます。時々、「お休みの15日の月」もありますが、1月15日は、新年のあいさつということもあり、議長や市長が、挨拶する習わしで、めったに「無しの月」にはなりませんね。
★そもそも、何で、15日は、議員が「集う日」なのか、それなりの理由があります、いつごろから、報酬が、振り込みとなり、紙1枚を「れんらくめも」としていただくようになったかは記憶にありませんが、嘘のような話、その昔は、現金で「封筒に入れて、手渡し報酬」だったようです、私が議員になったころ、昭和46年5月、1971年ですから、54年まえ、半世紀をすぎたわけですね、・・・
★間違いなく、現金を議会事務局から「手渡し」で受け取っていました。いつ頃までつづいたのでしょうかね・・・忘れていますね…しかし、給与日が15日という公務員の様は変化していませんから、15日は、市議会議員というか、全国的に、市町村の議員は毎月15日には「集まる」ということが通例になったということですね、、‥これって、本当の話、?、かも。
美作水平社創立100年記念誌編纂の詰めへ
★完全に1年遅れました、美作水平種創立100年記念誌編纂作業、100年をもって「運動を閉じる」と宣言したのが、2023年7月8日(土)の100年記念集会の日でした。その時の決意は。
上の写真は、創立八十年の記念大会、「いつまでも、同和・部落ではない」と野新たな決意、全国部落解放運動連合会から、豊かなまち・人つくり津山ネットを経区へと組織を、改組・発展した集会のものです。
下の写真は、創立百年記念集会で、「運動の終結」を決意し、宣言した時のものです。
※私たちがたどリ着いた「部落を冠とした運動の終結する時とは、」完全に、社会から「差別が無くなる」のが理想とはいえ、現実的には、幾つかの矛盾や差別は「表面化する」「永久になくならない」と言わなくてはなりません。そこで、①差別するという言動が“人間”として恥ずかしいことであるという空気をつくる、圧倒的国民が、「差別するのはまちがい」という認識を持つ社会。②「家柄」等持ち出せば「今更何を言うか」と、社会的批判がだされる。
この程度までの社会作りで充分であり、それ以上の課題を「部落」を冠とした市民運動団体の名で行うことは不可能に近いと言わなくてはいけません。
全国で「差別がゼロ」になったり、地区の人の気持ちを100%理解しないと「部落差別がなくならない」と言ったりするものでもありません。
さらに、人権への「衣替え」への注意として、21世紀「共生社会」への警告として、同和・部落問題は「共生」ではない、他の「差別問題」との「違い(同じ国民・民族の内部の問題であり、人種差別と同一のものではない)」を明確にした世の在り方を願い、
本集会のまとめとして「豊かなまち・人つくリ津山ネットワーク」の運動を閉じる決意を申し上げて結びとします。
★そして、1年後には、100周年記念式典の様子を書き込んだ「記念史誌」を編纂することを決意し、約束しましたが、間違いなく、思いのほか、資料が無い、手に入らない、編纂の時間的余裕がない、などにより、1年遅れました、後、二回か三回の「まとめ・整理」を経て、印刷に入りたいと野願いです。